霊長類の混群における種間関係
足立 薫(京大・理・人類進化論)



■はじめに
 多くの霊長類種は、同所的に他種の霊長類とともに暮らしている。アフリカの熱帯林では、チンパンジーやゴリラなどの類人猿も含めて、多種のサルが同じ環境を利用して生活する。多種共存の中でもとくに注目されるのは、異種の群れがあたかも同種の群れのように、ひとつに集まって一緒に採食したり移動したりする混群という現象である。混群を対象にした研究はこれまで、「なぜ混群をつくるのか」という混群の機能を探るものがほとんどだった。混群を形成する行動のメカニズムや種間の社会関係については、ほとんど明らかにされていない。本報告では、混群の機能に焦点をあてた研究を概観し、コートジボアールのタイ国立公園で7種のオナガザル類が形成する混群を紹介する。とくに種の構成とその変化の動態に注目した分析を行い、混群形成の機構に注目した。

■種間競合の生態学
 異種の群れが複数集まって一つの群れを形成する混群現象は、霊長類ではアフリカと南米の熱帯林で頻繁に観察されている。混群研究の多くは、「競争排除則に反して、なぜ近縁な異種が群れを作るのか」という問いをまず検討している。競争排除則とは、類似した資源を利用する種の間には共通の資源をめぐって強い競合が起こり、最終的にはどちらかの種が姿を消してしまい共存することはない、というルールである。混群を形成している種は系統的に近縁で生態的欲求が類似するものが多いので、このルールに反しているように見える。初期の混群研究ではおもに群集生態学的な興味から、この競争排除則の問題を混群がどのようにクリアしているのか、混群内ではニッチシフトが起こっているのかを問う研究が多数なされた。

 行動生態学の成立以降、資源をめぐる競合が社会構造を規定するという社会生態学が、霊長類学のひとつのスタンダードとなった。社会生態学では、混群という大きな群れを形成することは、個体間の競合によるコストを増大するはずであり、それにもかかわらず混群形成が適応的であるための利益は何か、という問いが立てられる。ここでは異種個体間の競合も同種個体間の競合とまったく同じと考え、食物資源の量と分布が同種群のグループサイズを既定するのと同じように、混群形成にも影響を与えると考えられた。

■混群の利益仮説
 混群をつくる利益を説明する仮説は大きく二つのタイプに分けることができる。

 第一に混群をつくることによって、捕食者をより早く発見したり、捕食される確率を下げることができるという対捕食者仮説である。混群では異種の警戒力を利用することによって、捕食者の接近を早く知ることができる可能性がある。コートジボアール、タイ国立公園ではアカコロブスがチンパンジーによる狩猟の主要な対象である。混群を形成していないアカコロブスとダイアナモンキーの群れにチンパンジーの音声をプレイバックすると、アカコロブスがダイアナモンキーに近づいて混群を形成することから、アカコロブスは警戒行動の得意なダイアナモンキーと混群を形成することで、チンパンジーによる捕食を避けていることが示された(No and Bshary, 1997; Bshary and No, 1997)。

 第二の仮説は、混群をつくることによって、より効率的に採食ができるという採食効率化仮説である。食物の場所をよく知っている種と混群をするというガイド仮説や、他種が利用しつくした後に採食場所を訪れることを避けるリニューアル仮説、対捕食者戦略の利益を組み合わせて、他種に捕食者への警戒をまかせて、より多く食べられたり、より危険な地域で採食できるという仮説などがある。ケニアのカカメガではアカオザルとブルーモンキーが混群をつくる(Cords, 1987)。アカオザルは混群を形成しているときに、重要度の高いものについては、両種が共通に利用する食物を食べる事が多い。また、遊動域大きいアカオザルが、遊動域の小さいブルーモンキーに積極的に近づいて混群を形成する傾向があり、アカオザルがブルーモンキーをガイドとして利用しているとCordsは述べている。

 二つの機能仮説はどちらも競合を前提として、競合のコストにもかかわらず混群形成によってサルが利益を得ているので、混群が進化的に適応的な行動として残ってきたと説明する。対捕食者仮説と採食効率化仮説は排他的なものではなく、混群に参加する種構成や環境の変動によって、異なる利益を受ける可能性も考えられる。

■タイのオナガザル混群
 報告者は西アフリカ、コートジボアールのタイ国立公園で1993年から1994年にかけて、約一年間にわたって調査を行った。調査地内には8種の昼行性霊長類が生息し、チンパンジーを除く7種が混群に参加する(表1)。Cercopithecus属3種のそれぞれ一群をフォーカル・グループとして、採食行動と形成した混群の種構成を記録した。3種ともに混群率が非常に高く、混群をつくらずに同種グループだけでいた時間は、多いものでも観察時間の10%程度にとどまった。Cercopithecus属どうしの混群だけでも、3種の混群率は全期間を通じてそれぞれ50%を越えていた。



○ 対捕食者行動
 調査地内に生息するオナガザル類の捕食者は、おもにヒョウ(Panthera pardus)、ワシ(Stephanoaetus coronatus)、チンパンジー(Pan troglodytes)の3種である(Zuberbuler et al., 1999)。アカコロブスの対チンパンジー戦略から、ダイアナモンキーとアカコロブスの混群は機能的に説明できるが、チンパンジーはアカコロブスだけを選択的に狩猟するので(Boesch, 1994)、他のサルには捕食圧として脅威ではない。ヒョウとワシに対しては、すべての種が頻繁に警戒音を発するが、Cercopithecus属はヒョウとワシに対して、それぞれ別の音響構造を持った警戒音を持っている(Zuberbuler et al., 1997)。混群を形成することで、異種の警戒音を利用しているのかもしれない。しかし、ヒョウや猛禽類の捕食圧がどれくらいなのか、対捕食者戦略として異種の警戒音の利用がどのぐらい有功なのかについてはまだ検討されていない。

○ 採食行動
 採食効率化仮説が成立するのは、食性の重複が大きい種どうしの混群の場合である。Cercopithecus属の3種は集中分布をする果実を主要な食物とする。アカコロブスは果実や花(Wachter et al., 1997)、クロシロコロブスは果実や種子も多く採食するが(McGraw, 1998)、Colobus属の主要な食物は葉、特に若葉である。スーティーマンガベイは地上性が強く地面におちている種子を主に採食すると考えられているが、野外での研究例はほとんどない。

 Cercopithecus属の中では果実に依存するという共通性があり、食性の重複が大きいといえるが、CercopithecusとColobus、Cebusの間の食性には違いが大きく、採食の効率化が混群の機能であるとは結論できない。

○種構成の変動
 混群に登場する7種のグループは、くっついたり離れたりを繰り返し、混群は変化しつづけていた。ダイアナモンキーをフォーカル・グループ として追跡した観察では、6種のパートナー・グループが出入りを繰り返し、構成が時間の経過ととも次々と変化した。パートナー種の構成が変化するたびに新しい種構成(Association)として記録すると、ダイアナモンキーを追いかけていたときに観察された混群の種構成のパターンは、全部で53種類あった(表2)。ダイアナモンキーが混群を作らずに、1種だけでいることは非常に少なく、観察時間の2.5%に過ぎなかった。それ以外の時間は、ずっと混群を作っていたが、同じ構成でいるわけではなく、ヴァラエティーに富んだ混群の種構成パターンを次から次へと変化させていた。



 種構成のパターンが変化するときに、特異的な行動を取ることは観察されなかった。混群では種間の直接的な相互交渉が非常に少なく、まれに起こる攻撃的交渉を除くと、異種間での社会行動はほとんど見られない。ところが、種構成のパターンが変化する直前に、採食の類似性が変化することが観察された。混群の形成や分解が起こる直前に、ダイアナモンキーとキャンベルモンキーの間では採食の類似性が増加し、ショウハナジログエノンとの間では類似性が減少した。

 混群形成の機能があるならば、その利益を得るために常に同じメンバーで混群いたほうがよいと考えられる。たとえば、捕食者に対する防衛力が増加するなら、いつでも警戒の得意な種と混群をしつづけて備えていたほうがよい。それにもかかわらず、タイの混群では7種がくっついたり離れたり、出入りを繰り返し、変化しつづける。種構成の変化と混群を維持する行動のメカニズムを明らかにすることが必要であり、今後の課題である。

■共存と競合
 異種が同所的に生息するという現象を、二つのやり方で解釈することができる。

 東正彦(1992)は「種の多様性」に関する議論において、「詰め込み」プロセスとして共存できる種の上限を考える競合を想定した見方と、共存が可能なレベルまで種が「間引き」されるプロセスを考えて、協調的な相互依存関係を想定した見方という二つの解釈を対比させている。

 混群を機能仮説によって説明することは、あらかじめ競合のコストを前提として、それをクリアして混群が進化史的に成立するための利益があることを証明する方法であり、共存を前者の「詰め込み」プロセスとしてみるやり方と共通する。混群の適応的意義を強調する機能的な側面である。一方で、混群ではお互いに似ているけれど少し違う異種どうしが、協調的な相互作用を繰り返してひとつの群れを形成していると考えると、後者の見方で共存を捉えることになるだろう。このとき混群のコストや利益ではなく、そこで起こっている現象のメカニカルな側面を詳しく検討することになる。今までの混群研究は前者の立場に立つものがほとんどすべてであった。後者の見方で、近縁の異種どうしの共存を考察するための理論や方法論はほとんど確立していない。

 タイの混群では7種のサルが時間の経過とともに混群への出入りを繰り返し、その結果、構成は常に変化する。混群に参加するサルの採食の類似と差異のダイナミクスが、採食を介した異種間のある種のコミュニケーションとして成立していて、そのコミュニケーションのアウトプットが構成の変化であると考えることによって、混群での異種間の種間関係について、その社会性を視野に入れた研究が可能になるのではないかと考えている。

参考文献


Boesch, C. 1994: Chimpanzees-red colobus monkeys: a predatory-prey system. Anim. Behav. 47, 1135-48.

Bshary, R. & No, R, 1997: Red colobus and Diana monkeys provide mutual protection against predators. Anim. Behav. 54, 1461-1474..

Cords, M. 1987: Mixed-species association of Cercopithecus monkeys in the Kakamega Forest, Kenya. Univ. California Publications in Zoology 117, .

東正彦 1992: 多様な生物の共存機構を探る. 「シリーズ 地球共生系2 さまざまな共生―生物種間の多様な相互作用」(大串隆之編), pp. 183-198. 平凡社: 東京.

McGraw, W. S. 1998: Posture and support use of Old World monkeys (Cercopithecidae): The influence of foraging strategies, activity patterns, and the spatial distribution of preferred food items. Am. J. Primatol. 46, 229-250.

No, R. & Bshary, R 1997: The formation of red colobus-diana monkey associations under predation pressure from chimpanzees. Proc. R. Soc. Sci. Lond. 264, 253-259.

Wachter, B., Schabel, M. & Noe, R. 1997: Diet overlap and polyspecific associations of red colobus and diana monkeys in the Tai National Park, Ivory Coast. Ethol. 103, 514-526.

Zuberbuler, K., No, R. & Seyfarth, R. M. 1997: Diana monkey long-distance calls: messages for conspecifics and predators. Anim. Behav. 53, 589-604.

Zuberbuler, K., Jenny, D. & Bshary, R. 1999: The predator deterrence function of primate alarm calls. Ethol. 105, 477-490




公開シンポジウムのページに戻る