ホモ属の種内変異と種間関係
楢崎修一郎(群馬県埋蔵文化財調査事業団)



はじめに
 ヒト科の分類は、以前、猿人・原人・旧人・新人の4つに分類されていたが、近年の化石人類の新発見や既存の化石人類の形態の再検討により、現在、4属17種に分けられている。この内、ホモ属は、ホモ・ルドルフエンシス、ホモ・ハビリス、ホモ・エルガスター、ホモ・エレクトス、ホモ・アンテセッサー、ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・ネアンデルターレンシス、ホモ・サピエンスの8種に分類されている。これらの学名は、サピエンス(1758年)・ネアンデルターレンシス(1864年)・エレクトス(1892年)・ハイデルベルゲンシス(1908年)・ハビリス(1964年)・エルガスター(1975年)・ルドルフエンシス(1986年)・アンテセッサー(1997年)の順に命名されている。この分類は人類学者により様々な意見に分かれているので、ここでは、アメリカ自然史博物館のタッターソールの分類をベースとする。なお、それぞれ( )内は発見年を、[ ]内は出土部位を、〈 〉内は別名を示す。

1.ホモ属の種内変異
(1)ホモ・ルドルフエンシスとホモ・ハビリス
 ホモ・ルドルフエンシスとホモ・ハビリスは、もともとは、ホモ・ハビリスに分類されておりかつてはKNM-ER 1470を男性標本として、KNM-ER 1813を女性標本の代表としていた。しかし、華奢なハビリスがケニア以外でも発見されるに及び、頑丈型をルドルフエンシスとして、華奢型をハビリスとして2つに再分類された。
@ホモ・ルドルフエンシス
 学名:Homo rudolfensis (Alexeev, 1986)
 正基準標本:KNM-ER 1470[頭蓋骨](1972年)
 標本群:KNM-ER 1482(1972年)、KNM-ER 1590(1972年)、KNM-ER 1802(1973年)、KNM-ER 3732(1975年)、KNM-ER 3891(1976年)
 年代:約240-180万年前
 分布:東アフリカ
Aホモ・ハビリス
 学名:Homo habilis (Leakey・Tobias・Napier, 1964)
 正基準標本: OH7[頭蓋骨](1960年)
 標本群:KNM-ER 1805(1973年)、KNM-ER 1813(1973年)、OH13(1963年)、OH24(1968年)、OH62、Stw53(1976年)
 年代:約200-160万年前
 分布:東アフリカ・南アフリカ
(2)ホモ・エルガスターとホモ・エレクトス
 元々は、アフリカ発見のホモ・エルガスターはアジア発見の標本と共にホモ・エレクトスに分類されていたが、年代の古さと形態の違いにより別種とされた。ただし、タンザニア発見のOH9は、ホモ・エレクトスとされている。また、グルジア共和国のドマニシ遺跡で発見された下顎骨と頭蓋骨は約150万年前のホモ・エルガスターと考えられており、出アフリカの時期が50万年も古く遡り話題を呼んでいる。
@ホモ・エルガスター
 学名:Homo ergaster (Groves & Mazak, 1975)
 正基準標本:KNM-ER 992[下顎骨](1971年)
 標本群:KNM-ER 3733(1975年), KNM-ER 3883(1976 年), KNM-WT 15000(1984年),ドマニシ?(1991・1999年)
 年代:約180-140万年前
 分布:東アフリカ・ヨーロッパ?
Aホモ・エレクトス
 学名:Homo erectus (Dubois, 1892)
正基準標本: Trinil 2〈Pithecanthropus 1〉[頭蓋冠]
 標本群:OH9(1960年), Sangiran 2〈Pithecanthropus 2〉(1937年), Sangiran 1〈Pithecanthropus 8〉(1969年), ペキン原人(1920-1960年代)、藍田(1963年)
 年代:約120-25万年前
 分布:アフリカ・アジア
(3)ホモ・アンテセッサー
 ホモ・アンテセッサーは、1994年にスペインのアタプエルカにあるグラン・ドリナ遺跡にて発見された30以上の化石群に対して、1997年にホモ属の新種名として命名された。しかし、まだこの遺跡でしか出土しておらず、これからの再検討が要される。ちなみに、同遺跡では、ホモ・ハイデルベルゲンシスの化石も発見されており、連続性が主張されている。
 学名:Homo antecessor (Bermudez de Castro・Arsuaga・Carbonell・Rosas・Martinez・Mosquera, 1997)
 正基準標本:ATD6-5[下顎骨]
 標本群:ATD6-15[前頭骨]、ATD6-69[上顎骨]、ATD6-13[上顎骨]、ATD6-14[上顎骨]、ATD6-69[上顎骨]
 年代:約80万年前
 分布:ヨーロッパ(スペイン)
(4)ホモ・ハイデルベルゲンシス
 ホモ・ハイデルベルゲンシスは、1908年にハイデルベルクで発見されたマウエル下顎骨に対して命名されていたが、コンセンサスが得られずに種名は長い間使用されていなかった。その代わりに、ホモ・エレクトス、プレネアンデルタール人、古代型ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人等と呼ばれていた。
学名:Homo heidelbergensis (Shoetensack, 1908)
 正基準標本:マウエル[下顎骨](1907年)
 標本群:スワンズクーム(1930年代と1955年)、アラゴー21(1960年代から1970年代)、ペトラローナ(1960年)、シュタインハイム(1933年)、ザレー(1971年)、ンドゥツ(1973年)、ボードー(1976年)、LH18〈ンガロバ〉(1976 年)、カブウェ〈ブロークン・ヒル〉(1921年)、ガンドン〈ソロ〉(1931-1933年)、サンブンマチャン1(1973年)、ダーリー(1978年)、マーバー(1958年)
 年代:約50-20万年前
 分布:アフリカ・ヨーロッパ・アジア
(5)ホモ・ネアンデルターレンシスとホモ・サピエンス
 ホモ・ネアンデルターレンシスは、1864年に学名が命名されているが、その後、ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシスに学名が変更されて、ホモ・サピエンスの亜種とされホモ・サピエンス・サピエンスの祖先と考えられた。しかし、ネアンデルターレンシスはヨーロッパから西アジアにかけての限定された地域に限定された年代に生息していること、形態学的相違、遺伝学的証拠により、異なった種として差し戻された。ホモ・サピエンスの起源については、アフリカ起源説と多地域進化説とが論争中である。
@ホモ・ネアンデルターレンシス
学名:Homo neanderthalensis (King, 1864)
正基準標本:フェルトフォーファー[頭蓋冠](1856年)
 標本群:ラ・シャペローサン(1908年)、ラ・フェラシー1(1909年)、ラ・キーナ(1911年)サン・セゼール(1979年)、スピー(1886年)、ジブラルタル1(1848年)、クラピナ3〈C〉(1899 年)、グアタリ1〈モンテ・チルチェオ1〉(1939 年)、サッコパストーレ1(1929年)、タブーン1 〈C1〉(1929-1934年)、アムッド1(1961年)、ケバラ(1983年)、シャニダール1(1957年)
 年代:約20-3万年前
 分布:ヨーロッパ、西アジア
Aホモ・サピエンス
 学名:Homo sapiens (Linnaeus, 1758)
 標本群:ボーダー・ケーブ(1941-1942年)、オモ1 (1967年)、ジェーベル・イルー1(1961年)、クロマニヨン1(1868年)、コーム・カペル (1909年)、プシェドモスト3(1894年)、ブルーノ3(1927年)、スフール5(1932年)、カフゼー6(1934年)、カフゼー9(1965-1969年)、ワジャック1(1889年)、ニア1(1958 年)、上洞人101(1930年)、港川1(1968-1974年)、コウ・スワンプ1(1968年)
 年代:約20万年前から現在
 分布:ほぼ全世界

2.ホモ属の種間関係
(1)アフリカ
 約180万年前の東アフリカ、特に、ケニアのツルカナ湖クービ・フォラ遺跡では、3種のホモ属(ホモ・ルドルフエンシス、ホモ・ハビリス、ホモ・エルガスター)と1種のパラントロプス属(パラントロプス・ボイセイ)が同所に生息していたことになる。しかし、この4種がどのような関係にあったのかは、良くわかっていない。ただ、1つだけ確かなことは、パラントロプス・ボイセイが植物食であるのに対し、3種のホモ属は雑食傾向にあったということである。
 同様に、南アフリカでは、ホモ・ハビリスとパラントロプス・ロブストスの同所性が知られており、ここでは、ロブストスがハビリスに食べられたと考える研究者もいる。
(2)ヨーロッパ
 約4万年前から3万年前にかけての1万年間、ヨーロッパではネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)とクロマニヨン人(ホモ・サピエンス)が同所で生息していた。クロマニヨン人は、芸術や象徴を始めており、それを持たなかったネアンデルタール人と比較されている。


おわりに
 ホモ属の分類は、新しい化石の発見や旧発見の化石形態の再検討により、現在8種に分類されている。しかし、さらなる新発見により、この分類もいずれ変更されるかもしれない。アフリカ起源説と多地域進化説の論争も決着はついておらず、これからも、多くの検討を加えていく必要がある。

謝辞
 シンポジウムにお招きいただいた滋賀県立大学の黒田末寿氏と、原稿を辛抱強く待っていただいた京都大学の中務真人氏に感謝いたします。

引用文献
Alexeev, V.P. (1986) The Origin of the Human Race. Progress Publishers, Moscow.[ホモ・ルドルフエンシス]

Bermudez de Castro, J.M., Arsuaga, J.L., Carbonell, E., Rosas, A., Martinez, I., Mosquera, M. (1997) A hominid from the Lower Pleistocene of Atapuerca, Spain; ancestor to Neandertals and modern humans. Science 276: 1392-1395.[ホモ・アンテセッサー]

Dubois, E. (1892) Palaeontologische anderzoekingen op Java. Versl. Mijnw. Batavia 3: 10-14. [ホモ・エレクトス]

Groves, C.P. & Mazak, V. (1975) An approach to the taxonomy of the Hominidae: Gracile Villafranchian Hominids of Africa. Casopis pro Mineralogii Geologii, 20: 225-247.[ホモ・エルガスター]

King, W. (1864) The reputed fossil man of Neanderthal. Quarterly Journal of Science, 1: 88-97 [ホモ・ネアンデルターレンシス]

Leakey, L.S.B., Tobias, P.V., and Napier, J.R. (1964) A new species of the genus Homo from Olduvai Gorge. Nature, 202:7-9. [ホモ・ハビリス]

Linnaeus, C. (1758) Systema Naturae (10th ed.), [ホモ・サピエンス]

Shoetensack, O (1908) Der Unterkiefer des Homo heidelbergensis, aus den Sanden von Mauer bei Heidelberg, W. Englemann.[ホモ・ハイデルベルゲンシス]





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