コメント 現生霊長類の種間関係の研究と人類進化論−現状と課題−
鈴木 滋(京都大学・理・人類進化論)



◆はじめに
 類人猿やヒトの進化において、種間関係の影響を考えるときのポイントについて、野生霊長類の研究サイドから、若干のコメントをしたい。種間関係には、種子散布や異種間のコミュニケーションといった、種間で利益をもたらすような共進化もありうるが、ここでは現生霊長類の種間の競合を中心に考えてみよう。また、具体的な材料は、ヒト科の進化と共通性を考えやすい、アフリカの霊長類での種間関係に限定している。

◆理論的問題点
 現在の霊長類の同所性には2つのレベルが区別できる。ひとつは、当該の複数種が同一地方に分布し、大陸レベルの分布地図などでは重複して分布しているにもかかわらず、ミクロな生息場所では、すみわけている同所性である。こういう場合は、同所的複数種といっても、競合が問題になることはまずない。もうひとつは、ミクロな生息場所でもすみわけておらず、複数種が食物や休息場所などで、共通した資源を利用して、日常的に出会うような同所性である。ゴリラとチンパンジーなどの大多数の霊長類の同所性は、基本的には後者で、異種同士が同じ木で同時に採食をすることさえある。そこで、資源が有限である限り、こういう同所的な複数種の間には潜在的には競合があると考えられるのである。

 近縁種は、環境に対する要求が似ているために、種間での同所的な競合は、最小限のすみわけが起こると理論的には考えられる。つまり、資源に限りがある以上は、別の資源をつかう性質が発達するか、競合する資源をより効率的に利用できる性質が発達するという論理である。また、進化史的にすみわけた場合には、形質置換や競争排除がおこるとされる。ここで注意すべきは以下の点である。

 競合があるからといってただちに形質置換や異所化にむかって進化するわけではない。別な資源を利用できれば、栄養条件をさげずにすむし、繁殖にまで影響しない競合もありうる。とくに、霊長類のように、食べ物や利用場所を後天的に学習する種では、学習によって回避可能な競合は選択圧にはなりえない。さらに、霊長類とくに類人猿の場合にややこしいのは、出産間隔が長くなるように進化してきたことである。つまり、たとえ競合が栄養条件の悪化につながったとしても、出産頻度の低下ですむ程度の競合であれば、資源利用を変えずに競合を回避せず、出産頻度が低くコドモの面倒をより長くみる性質をもつ個体が選択されることも考えうる。出産頻度の減少という進化傾向は、種間関係に限らず、社会生物学的な発想で類人猿や人類の進化を考察するうえでの基本的な問題点でもある。

 また、近縁種が同所的に生息し、資源利用にすみわけがみられるからといって、それだけでは種間の競合のよる進化の結果と見なすことはできない。形質置換がおこったと考察するには、2種の形態の差が、異所的に暮らしている地域でよりも同所的に暮らしている地域でのほうが大きいことが示されなくてはならない。

 形態に限らず、環境の利用にかかわる性質であれば、食性や行動パタンにおいても、同様の論理で、同所性が種差の拡大を進化的にもたらすと考えてもおかしくはない。ただし、霊長類では、同種でもきわめて多様な環境に生息し、そもそも環境の利用可能性が地域によって大きく異なるうえに、食性やその他の行動パタンには非遺伝的な要因が輻輳している。食性や行動傾向が環境の特徴に対応しているとしても、それが遺伝的であることを実証するための理論的な枠組みは十分とはいえない。これは、種間関係にかぎらず、霊長類の「社会生態学」の根本的な問題点だ。

 資源が有限で競合の影響があるのかどうかを検討するには、環境変動の幅を考えることが必要である。水場や果実食物などの環境は一定でなく、季節や年によって大きな変動がある。したがって、霊長類の種間関係に競合的な側面があったとしても、競合はいつも効果をもつわけではなく、資源量が少なくなる季節や年に問題となる。種間関係を考えるうえでは、資源の変動をおさえ、ボトルネックになにがおこるのかを検討することが重要である(三谷2000)。一般に年間を通じて安定していると考えられる熱帯林でも、季節変動や年々変動はそこで暮らす動物にとって大きく影響する。たとえば、果実の量や種類は、一年のうちでも大きく変動し、年間で数倍にもなる季節差がある。どの地域の熱帯林でも、霊長類のとっての資源に季節変動があることは共通する。しかし、どの季節にどれくらい厳しくなるのかは、地域によって大きく異なり、単純な降水量や気温の年平均などによっては資源量の予測ができないことがわかってきた。種間関係の季節変動を、果実生産量などの資源量を対応させて検討する研究は、今後発展するだろう(足立2001)

◆サルと人類
 人類進化論には、中期中新世以降のオナガザル上科の適応放散によって、競合の影響をうけた類人猿が衰退し(Andrews 1981)、さらに地上性のオナガザルとの競合が、サバンナに進出した類人猿のヒト化を促進したとする説がある(西田1986)。中期中新世以降の化石小型類人猿の種数の減少が、この仮説の基盤であるが、現時点では仮説を支持する化石の証拠は弱い(中務2001)。この仮説の妥当性を、現生霊長類の種間関係から検討することが必要である。

 過去のオナガザルと大型類人猿で競合が想定されるのは、どちらの現生種も果実を重要な食物としているからである。類人猿は大型で地上性が強く、一方、オナガザル亜科は、大型化せずに、混群をつくったり、頬袋が発達し、果実採食に効率的な性質をもち、類人猿とは異なる特殊化がみられる(丸橋1996)。つまり、双方が果実をめぐる競合に由来する形質置換をした可能性を示唆するのである。

 果実食での競合が形質置換をもたらしたという考えを示唆する事実には、コロブス亜科とゴリラの葉食への特殊化もある。どちらの種も、狭鼻猿類のなかでは葉食の傾向が強く、コロブスでは歯の形や消化管に、ゴリラでは消化管や腸内細菌に特殊化がみられていて、同様の進化プロセスを示唆する。コロブスとゴリラは、その分布や同所的なサルの種類や構成には対応関係があるのかもしれないが、検討はされていない。コロブスにとっては樹上の葉っぱが、ゴリラにとっては地上性の草本が重要な食物である。樹上と地上にすみわけられるかぎり、コロブスとゴリラは共存が可能であるのかもしれない。そこで、ゴリラにとって重要な食物資源であるはずの地上性草本がほとんどない、ガボンの大西洋岸の熱帯林の状況を検討してみよう。この地域のゴリラは、他地域のゴリラと違ってほとんどのネストを樹上につくり、地上性草本のかわりに、葉っぱを主要な食物としているらしく、他地域のゴリラより樹上性が強い可能性が高い。したがって、コロブスとの潜在的な競合が強いと予想される環境である。実際、この保護区には、オナガザルは4種いるにもかかわらず、コロブスがまったくいないのである。ゴリラとコロブスに共通する繊維性食性と競合的な側面は、今後さらに検討されるべき種間関係であろう。

 チンパンジーの肉食傾向の進化にも、サル類との競合の影響を想定できる。チンパンジーは、とくにサルをよく狩猟するので、肉食にはサルとの競合を直接減らす効果がある。なかでもアカコロブスは、チンパンジーの大好物であり、コロブスの個体数はチンパンジーの狩猟によって抑えられている。また、アカコロブスの混群形成は、チンパンジーの接近を感知しやすくし、捕食を避ける戦略であるとする説を支持する証拠が西アフリカのチンパンジーでは得られている(No & Bshary 1997)。ただし、このような混群の機能は、東アフリカでは確認できず、進化史的な傾向と考えるには、まだまだ検討の余地がある(五百部2000)。

 これら以外にも、類人猿のサルとの競争力を高めるような行動上の特徴は、競合が強いと想定される地域で発達しているかどうかを、現生類人猿の地域間での比較から検討する必要がある。

◆初期ヒト科の共存
 初期ヒト科の複数種間での共存における問題の根幹は、頑丈型と華奢型の二つのタイプの同所性である(諏訪2001)。頑丈型と華奢型の同所的な共存は、東アフリカ北部から南アフリカの広い範囲の各所で250万年以上前から100万年前後にいたるまで成立していたとされる。これらのヒト2タイプの共存は、頑丈型の絶滅に終わっている。このことから、この2種間では共存が不可能ないしは、競合が激しかったと考えたくなるが、実際に、同所性がどのレベルの時間や空間で問題であったのかは、まだよくわからない。上述のように、もともと同じ地域に暮らしていても、日常的には異なる植生タイプを利用していたのであれば、競合は実質的には問題にならない。

 この問題を考えるにあたって、モデルとすべき筆頭は、もちろんヒトに近縁な現生のゴリラとチンパンジーの関係である。チンパンジーは華奢型と、ゴリラは頑丈型と共通点があり、初期人類の共存を検討するのにうってつけの材料になる。

 初期のヒト科の2タイプと現生類人猿の間で想定できる共通点は、大型で地上性が強く、植物食への依存が強いことである。チンパンジーは肉食し、道具を使用して栄養条件を変えることができる点でも初期ヒト科との共通性が高く、形態的には華奢型に似ている。一方、ゴリラは地上性がチンパンジーよりも強く、その点ではチンパンジーよりも初期ヒト科に似ているだろう。さらに、ゴリラは、咀嚼力が強力で体格がやや大きい点が頑丈型と形態的に共通する。類人猿間と初期ヒト科間のパラレルな進化傾向は、各種の特徴に、構造的に安定した組み合わせがあるという定向進化的な現象を想定させる。

◆ゴリラとチンパンジーの共存
 現生のゴリラとチンパンジーの分布は広く重複している(図1)。東アフリカでは、コンゴ民主共和国の東部で、また、中央アフリカでは、ナイジェリア、カメルーン、ガボン、赤道ギニア、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国、アンゴラ北部の広い範囲で共存している。西アフリカにはチンパンジーだけが生息し、共存域はないが、ほとんどのゴリラは、両種の共存域にいるのである。

 ゴリラとチンパンジーの共存と、オナガザルの複数種での共存との共通点としては、@食性の重複が大きく、おもに果実でメニューが重複する、A空間的にすみわけないし、果実資源が乏しい季節でも相互に排除しない、B相互交渉は少なく、基本的には交雑しない、といった点を指摘できる。




 そもそも熱帯地域の霊長類は、同所的に数種類が共存することが普通であり、単独でいることは稀である(黒田1999)。こうした共存の特徴は、アフリカ類人猿やオナガザル類に限らず、アジアや、新世界ザルでもおおむね共通している。つまり、霊長類は、同種なら集団間で排他的になるような種であっても、また、近縁でかつ環境に対する要求が似ていても、異種とであれば基本的には共存可能である。したがって、化石霊長類でも、同所的な霊長類の近縁種に、全く重複のない食性や行動をあてはめたり、形態的には食性の重複が必然であったとしても、そこから排他的な競合を考える必要は必ずしもない。

 一方、サルの共存関係に対して類人猿の種間関係の特徴としては、@混群をつくらない、A両種とも大型でサルよりも広い遊動域を使い、地上性が強く樹冠から地上まで、共存の空間がサル同士よりも広い、B類人猿の共存は2種間に限られ、サル同士でのように他種類にならない、Cゴリラとチンパンジーの生息密度は平方キロあたり1頭前後と低く、サルのように平方キロあたり数十頭の密度で暮らすことはありえない、などがあげられる。したがって、狭い範囲と限られた空間でたくさんの種が年中一緒に暮らすサル同士よりも、類人猿同士は競合を回避するための物理的な余裕が大きいと考えられる。すなわち、環境の悪化にともなって、競合が激しくなっても、類人猿間ではサル間よりも種間の競合の悪影響を回避しやすいのかもしれない。

 化石人類でも、現生類人猿と同様に、同所的な近縁種数は少なく、生息密度もサルよりずっと低かったと考えられている(Kelley, 1994)。そこで、現生類人猿同士の共存がサル同士の共存と異なる点をさらに明らかにしていくことによって、初期人類の共存関係の特質をもっと考察可能になるだろう。

 ゴリラとチンパンジーの共存域は熱帯林である。熱帯林での生息密度は、種間の競合のために、ゴリラだけの地域やチンパンジーだけの地域の生息密度よりも低いと考えられていたこともある。しかし、単純に考えれば、二種の環境に対する要求は似ているので、豊かな地域では、両種ともたくさんいて、チンパンジーとゴリラの生息密度は相関すると予想される。とはいえ、それぞれの種の分布の端っこでは、チンパンジー向きの環境と、ゴリラ向きの環境があることにまちがいはなく、実際に一方の種のみが生息する地域もあるので、単純に両種の密度が相関することはありえない。ゴリラもチンパンジーも何十年も調査されていることを考えると意外なことだが、両種の密度の相関については、まだ未検討である。近年、多くの共存地域で、共通した方法で類人猿の密度推定が行われてきており、近い将来に綿密な検討が可能になる。

 一口に熱帯林といっても、地域によって多様であり、特色が異なる。類人猿は果実に対する嗜好性が強く、また、地上性の草本も重要な食物にしているが、果実生産や地上性の草本の量は、各地の熱帯林で大きく異なっている。と同時に、ゴリラとチンパンジーの生息密度も各地の熱帯林で異なるのだが、果実や地上性草本のどういう性質が、生息密度に効いているのかまだわかっていない。さらに、どの共存域の調査地でも、ゴリラとチンパンジーの食性は、果実利用を中心として大きく重複し、利用場所も混在する。競合の可能性は高いはずであるが、果実の量も種類も少なく厳しい時期にはゴリラが繊維性食物に強く依存するように食性をシフトすることによって、強い競合は起こっていないことが判明している(Kuroda et al, 1996)。

 ゴリラとチンパンジー間での競合に進化的に意味があったことを検証するためには、単純に両種の性質にすみわけ的な相違が認められるだけでは不十分である。共存域でのそれぞれの類人猿の食性や行動特性が、単独で暮らしている地域での性質よりも種差を大きくするようにシフトしているどうかを検討する必要がある。食性については検討可能になりつつあるが(山越2000)、共存域の類人猿の行動特性についてはまだ不明な点が多く、今後の研究の進展が期待される。また、前述のように、類人猿の生息環境は多様であり、食性や行動には非遺伝的な性質が強いので、環境の差に対応した類人猿の性質の差が、どこまで進化的な意味をもつかを検討するための理論的な進展が必要である。

 初期ヒト科の共存が類人猿の共存と異なる点は、類人猿は熱帯林を離れては同所的には共存できないが、ヒトの祖先は乾燥地帯で共存可能だったと考えられている点だ。初期のヒト科が類人猿と異なると考えられる性質は、二足歩行という極端な形態的な特殊化、それにともなう強い地上性と、乾燥地での生活である。熱帯林を離れた場合の共存は、現生類人猿で不可能であるように、初期人類にとってもむつかしかっただろう。しかし、実際には共存が達成されていたのであり、このことは共存を保証する基盤が、類人猿とは大きく異なっていたことを意味している。二足歩行と地上性が、共存を容易にする理屈はすぐには思いつかない。乾燥地では、植物性の主要資源が少ないため、初期人類の種間では、形態的な種差が現生の類人猿程度であるとするならば、類人猿の種間での相違以上に食性が異なっていたか、または、現生類人猿にもまして密度が低かったか、競合を避けるための強力な社会的特性があったに違いない。こうした考察を進めるためには、ゴリラとチンパンジーの共存域の辺縁部での種間関係が、さらに追求されるべきである。

◆類人猿とヒト
 ゴリラとチンパンジーの祖先は、同所的に暮らすことになったら、初期のヒト科とも潜在的には競合相手であろう。現生の類人猿とヒトは、どちらも植物性食物に強く依存しており、ヒトでも、森林があれば、森林で狩猟や採集をする。初期のヒト科の競合の相手は、森林に依存しようとしたときにそこにいた類人猿であったのかもしれないのだ。しかし、こうした種間関係は、これまでほとんど注目されていない(Tutin et al., 1996)。現生の類人猿間での関係と同時に、狩猟採集民と類人猿の間での、食性や狩猟対象の重複や直接的な交渉パタンなどを検討する必要があるだろう。

◆サル型モデル
 初期人類の乾燥地での種間の共存についてのモデルには、サバンナモンキーとパタスモンキーの組み合わせもある。この2種は、ゴリラとチンパンジーの分布とはほとんど重ならず、セネガルからエチオピア、タンザニアまでの広い範囲に重複分布する。分布域の現在の植生はサバンナと疎開林で、人類進化が進んだとされるような乾燥地である。さらにモデルとしての魅力には、パタスモンキーの形態的な特徴にもある。すなわち、移動能力が高いパタスモンキーの長い後肢は、乾燥地で採食効率を高める適応であり、しかも、ホモエレクトスでの後肢の発達にパラレルであると考えることができる(Isbell et al., 1999)。また、形態を特殊化させたパタスモンキーは、その移動能力にあった食性と採食パタンに特殊化している(中川2000)。一方のサバンナモンキーはパタスモンキーと似た食性をもつが、パタスモンキーよりも小柄で、遊動域は狭く、オナガザルとしての形態や食性に特殊化はみられない。

 どちらの種もオナガザル亜科の特徴である母系的な集団をつくることは共通するが、パタスモンキーは性的二型が大きく単雄群をつくるのに対して、サバンナモンキーは性的二型が小さく複雄群をつくる。一方、どちらの種も出産間隔が短く、厳しい環境に多産と早熟で適応した種であるとされていて、出産率を上げることが困難な大型のサルや類人猿の適応との対比が興味深い。

 さらに、初期人類の化石が発掘されてきた東アフリカと南アフリカは、パタスモンキーの分布とあまり重なっていない。一方サバンナモンキーは、形態的にはパタスモンキーのような特殊化が弱いが、分布はパタスモンキーとは異なり、初期人類の化石産地の東アフリカや南アフリカにも広く分布する。また、サバンナヒヒは、サバンナモンキーと同様に、乾燥地への形態的な特殊化が弱く、母系的複雄群をつくり、サバンナモンキーと同じようにサハラ以南の乾燥地帯に広く分布する。

 これらのサルの分布や形態や社会的性質とともに、種間関係には、初期人類の進化とパラレルな現象をもっと含んでいるに違いなく、類人猿のみならず、サルの同所性についても、さらに検討が必要であろう。

◆まとめ
 これまで、現生の霊長類の研究は、種ごとに行われることが多かったため、種間の関係に焦点をあてた研究はまだまだこれから発展の余地がある。そもそも、霊長類の生息密度が各種ごとに地域間でどのように増減するのか、また、各種の間でどのように相関するのかも、ほとんどわかっていない。ここ10年の間に、各地の霊長類のバイオマスの値が推定され、こうした種間関係の課題は、検討可能になりつつある(Fleagle et al. 2000)。

 類人猿と初期人類の種分化がどこでいつ頃どのようにして起こったのかは、化石の資料からは依然として未解明である。とはいえ、近年のDNAによる系統関係の資料が積み重なってきて、ヒトと類人猿間のみならず、ゴリラの種(亜種)の分化、チンパンジーの種(亜種)の分化の時期も考察可能になってきた。化石証拠からの情報も着実にふえた結果、類人猿の分化と、ヒトの頑丈型の消失、華奢型の脳の拡大、成長遅滞の促進、石器の出現などが、200万年を前後して、わりと集中していたことが判明しつつある。この時期にアフリカ全体に大きな気候変動があったと考えたくなるが、環境の変動によって各種ごとに進化したとみなすのではなくて、種間関係をふくめて、人類進化を類人猿の種(亜種)分化とを総括して検討することが必要である。

 現生霊長類の種間関係は、それ自体だけでも面白いが、種間関係の進化史的なパタンを検討することで、初期人類の複数種の共存についてはさらに有望な示唆がえられるだろう。

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