鳥類と哺乳類における兄妹交配の理論的側面
青木 健一(東大・理・人類)



 血縁個体の間に生まれた子が、非血縁個体の間に生まれた子に比べて病弱で、生存力が劣ること(近交弱勢)は、ヒトを含む多くの生物で観察されている。親子や兄妹など特に近縁な個体間の交配には、特に大きな近交弱勢が伴う。生物にとっての至上命令は自分の遺伝子のコピーを後代に残すことであり、そのためには健康な子を生んで育てることが肝要である。一般論として、生物は自分にとって不利な行動をとらないように進化しているはずである。その限りでは、近親交配を回避する「本能」が生物に備わっていても不思議でない。実際、哺乳類や鳥類では父娘、母息、兄妹の間の交配が低い頻度でしか見られず、例外的に起こる近親交配は回避機構の「誤作動」が原因であると解釈されるのが普通である。
 一方、植物には自家受粉をするもの、昆虫には日常的に母息または兄妹交配をするものがある。したがって、近親交配には(近交弱勢に見合うだけの)利益もあることが示唆される。植物や昆虫と事情が異なるであろうが、鳥類や哺乳類にも近親交配を行うことに利点が見出せる。とりわけヒトの場合、血縁の夫婦は非血縁の夫婦に比べて結婚年齢が低く、そのためであろうか、(特にいとこ婚は)一生の間に生まれる子の数が多い。また、ヒト以外の生物にも当てはまる一般的な原則として、自分の遺伝子のコピーを濃縮した形で次世代に伝えるためには、血縁個体と交配したほうがよい。
 このような観点から、低い頻度の近親交配が「適応」であるという可能性を検討することにした。特に兄妹交配に着目し、完全にこれを回避する戦略と、低い確率でこれを行う戦略を比較するために二つの数理モデルを立てた。たとえば、我々が "extra mating model" と呼んでいるモデルによると、低い確率で兄妹交配をする戦略が進化するための条件は、
3d < 1-g
である。ただし、d は近交弱勢の大きさ、g は兄妹交配をした雄が他の雌と交配できない確率である。厳密に一夫一妻が守られている種ではg = 1 であることから、兄妹交配が進化しないことが予測される。  
 この条件が当てはまるか否かは、それぞれの種で個別に検証しなければならないことである。アメリカで近親相姦の子 18 人を調べた研究から、ヒトでは兄妹交配に伴う近交弱勢が 29% であると推定されている。たくさん存在するいとこ婚のデータから外插すると 17% 〜 29% 程度である。いずれにせよ近交弱勢が 1/3 を越えることはないと思われるので、g が小さければ上の不等式は満足される。 しかしそれ以前に、多くの鳥類や哺乳類で見られる兄妹交配の頻度は、回避機構の「誤作動」から生じたものと片付けてしまうには高すぎるのではないかという懸念がある。ほんの一例として、ウタスズメの閉鎖集団では479 つがい中 16 つがい(3.3%)が兄妹であった。この集団で任意交配が行われているとする帰無仮説は、棄却できない。また、ニューイングランド地方の大学生やトロント市の大学生の調査から、兄妹間の性交(既遂または未遂)の体験者が 5% に達すると推定されている。




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