ニホンザルおよびチンパンジーの出産時行動
松林 清明(京都大学霊長類研究所)



 飼育下でサル類の周産期の健康管理を充分に行うには、出産に立ち会うことが理想的である。また、出生直後の新生児を研究対象とする場合にも、分娩そのものをリアルタイムで把握する必要がある。これらを主な目的として、我々は出産時行動を予知、観察および記録する試みをいくつか行ってきた。その例として、上記2種の出産前後の行動を観察した概要を報告する。

〔ニホンザル〕

 室内飼育での人為交配では、平均妊娠日数からある程度の出産予測はできるが、在胎期間には多少の巾があるため、分娩観察のためには出産日を少なくとも当日中には予知する必要がある。その目的で、ケージ内での母体の姿勢変換頻度を検出して報知するシステムを作った。その構成は1)赤外線投射機、2)赤外線TVカメラ、3)モニター、4)タッチスイッチ、5)積算コントローラー、などから成る。4)のタッチスイッチはケージの床格子の1本に付けて、そのバーにサルの体重がかかる度に信号として検出する簡単な物で、積算コントローラーは単位時間内にタッチスイッチ信号の数が設定値を超えると報知機を作動させ、設定値に達しないとゼロ復帰するものである。

 出産が迫ると、多くは暗くなってから陣痛様行動としてケージ内を落ち着き無く動き回り、横臥と起立を繰り返すようになる。これに対して生む日でないときは、照明が消えると殆ど横になって眠り込み、1時間に数回寝返りを打つだけである。このように出産が迫ったときとそうでないときのサルの動きには大きな違いがあるため、動きの頻度を量的に把握することで、分娩前に予知できる。

 分娩が近くなったサルは、暗くなると落ち着かぬ様子で寝たり起きたりを繰り返し、痛みがあるのか背を反らしたり、天井格子をつかんでぶら下がったりし始める。このような行動は、通常の夜間にはまず見られないもので、10秒ほど動いては床に横たわって数分休むというパターンを反復する。陣痛の間隔が次第に狭まると、七転八倒の様相を呈するが、野生では樹上でどのような行動を示すのか、興味が持たれる。

 大体この間に破水があるようだが、TVモニターでは排尿と区別つかない。ただ、破水の後では、頻繁に外陰部に手をやってはその匂いをかいで指を舐めるようになる(genital inspection)。この行動が出ると、分娩は間近い。

 分娩直前になると、背中を丸め、床格子を両手でつかんで力むようになる。そのうちに児の頭部が見えてくる。娩出の瞬間には、外陰部に手をあてがい、児の頭や両肩を持って腹の前にするりと引き出す。床に産み落とす例は、ニホンザルでは一例も見たことがない。子宮収縮、腹圧、それに手で持って児を引き出すという3つの力が合わさって分娩が為されるのが特徴といえる。

 児はほとんどが頭から先に(頭位)出てくるが、逆子(骨盤位)の例も少数経験している。児は誕生後ほどなく手足を動かし始め、すぐに母親にしがみつく。その顔のあたりを、母ザルはきれいになめてやる。これは児の鼻孔に付着している羊水などの胎垢を除き、呼吸を楽にする効果があると思われる。

 母親の胸に抱かれた児は、ちょうど顔のあたりに親の乳首が来るので、すぐに吸い付くことが多い。

 この段階では、児の体と母親の子宮内の胎盤との間はまだ臍帯でつながっている。ウシやウマでは、臍帯が短いのと新生児の体重が大きいため、生まれてすぐに臍帯が切れることが多いが、通常サルの臍帯は自然に切れることはない。

 児の娩出から10分〜30分ほどで、胎盤などの胎児付属物(後産)が出てくる。このときにも軽い陣痛があるようで、母ザルは少し力み、臍帯を片手でつかんで引っ張り出す。胎盤が出てくるとすぐに母ザルは手で持って食べ始める。手や口を血で染めて、児の腹近くの臍帯を少し残して、後は全部食べてしまう。しかし、室内ケージで長期間飼育されていた個体や、屋外放飼場でも野生経験の無い世代のメスザルでは、胎盤を食べない例も増えている。そのようなケースでは、胎盤や臍帯が乾燥して自然に脱落するか、あるいは臍帯を噛み切って胎盤を置き去りにする。

 胎盤はこのように通常は産後すぐに(長くて数時間以内)出てくるが、妊娠中期で流産したニホンザルで、流産後4日目でようやく胎盤の排出を見た例がある。抗生物質の投与などで感染を防げば、数日間の後産停滞は支障ないようである。

 このように生まれてくるアカンボザルは、母親がちゃんと抱きさえすれば、誕生の瞬間にいわゆる産声をあげるのは聞いたことがない。発声は可能で、母親からずり落ちそうになるとキッキッとなくことはある。

 牛馬やイヌ、ネコなど他の動物の新生児も、誕生直後は目立つような声は出さないように思われる。ヒトの新生児も、音や光の刺激を極力なくしてできるだけ丁寧に取り上げ、直後に母親の胸に抱かせると、オギャーと泣き喚くことはない、という産婦人科医もいる。

 仮死状態で生まれてくることも多い児の呼吸を早く誘発するために刺激を与えて呼吸を促す処置が、“呱々の声“を聞くことで安心するという習慣を作り出したのかも知れないが、このあたりは助産婦さんたちの実際の経験を伺ってみたい。

 サルの出産にももちろん例外はあり、人によく慣れた飼いザルや野猿公園のサルでは、まだ明るいうちに人の目の前で出産することもある。難産や流・死産もヒトと同じようにある。我々の経験では、児の頭が子宮頚部から出た所でつかえてしまい、児はそのまま死亡、母ザルも意識を失って倒れていたアカゲザルの例、分娩は正常だったものの後出血がひどくて、新生児は元気なのに母ザルが出血多量で死んだニホンザルの例などがある。

 生まれたコザルは非常に大切にするサルであるが、死産児には母ザルは余り執着を示さないことが多い。これに対し、少しでも生きて動いたコザルは、たとえすぐに死んでも、その死体をなかなか手放さないことが多い。帝王切開で人間が取り出した児は、母ザルは麻酔が覚めても抱くことはない。逆に自分の生んだ子が死産だった場合には、生きている別のアカンボを見せると強い関心を示して、抱こうとする。このようなメスザルに、たまたま実の母親を事故で失ったり、哺育を拒否された別のアカンボを抱かせて、そのまま離乳まで育てさせる「乳母ザル」の試みを2例成功させたことがある。

〔チンパンジー〕

飼育下のチンパンジーでは、出産や哺育行動が完全でない場合が多く、分娩に飼育者が立ち会う必要性が高い。京都大学霊長類研究所で1982年に出産した1個体の例では、分娩と同時に新生児を放棄し、直後に児に対する威嚇行動が見られた。このような経験から、3例目では、分娩に立ち会うことを主目的として、分娩予知システムの開発を行った。

 1982年に出産した2個体に関しては、ビデオセンサーとイベントレコーダーなどを組み合わせて分娩時の観察・記録を行い、その結果、2例とも出産の4〜8時間前から特有の落ち着かない行動が見られた。それはベッドの上で寝たり起きたりを繰り返し、また逆立ちをしたりする行動で、いずれも通常は見られないものであり、いわゆる陣痛と考えられた。

 また分娩が近づくと、破水によるものと見られる分泌物が外部性器から流出し、チンパンジーは片手の指でそれを触っては匂いをかぐ行動が頻繁に見出された。Fig. 1 にこの genital inspection の累積頻度を示す。2頭とも分娩の30分〜1時間前から急増している。

 このように、出産が近づくとチンパンジーの動作が有意に増加することが分かり、私たちはこれを利用して新しい分娩予報装置の開発を行った。これは設計どおりに作動し、1986年の3例目では分娩に職員が立ち会うことができた。

 なお、このときも母親は新生児を遺棄し、私たちは速やかに児を保護して人口哺育した。その後しばらく時間をおいて、2000年には3個体が出産を迎えた。このときには充分な遠隔監視資材と人員が用意できたので、平均出産予定日の数日前から交代で観察を継続し、特異姿勢の出現や姿勢の変換の増加によって、分娩数時間前には予想できた。これらチンパンジー分娩の観察結果の概略を述べる。

 陣痛に至る行動については既述した。破水後、genital inspection を頻繁に継続しているうち、陰裂が開大して児の黒い頭部が見え始める。娩出時には、ニホンザルと同様、四足で立ってやや中腰に屈む姿勢を取り、腰を低くして短時間にストンと産み落とす。

 直後の行動は各個体によって違いがあり、いきなり飛びのいて逃げたものもいれば、そっとしゃがみこんで児の顔面を口で覆って吸う行動を示したものもいた。後者は児の気道に残っている羊水のsuck につながる合理的な行動で、生得的なものと思われる。母親が飛びのいた場合には、臍帯が断裂した。どの母親も児に対して強い関心を示したが、それが恐怖となるか、児への近接となるかが分かれ目であり、その違いをもたらしたものが何であるかは分からない。

 霊長類研究所で出産に至った個体の全ては、幼いときに野生で捕獲されて輸入されたものか、あるいは動物園で生まれて人口哺育されたものであり、群社会でオトナのメンバーによる性行動や哺育行動を学習していない。にも関わらず、全6例のうち2個体は分娩直後に児に接近し、積極的なケア(顔面の吸引)もしくは保護(すぐそばに寄り添って寝る)の行動を示したのには関心が持たれた。

 直後に飛びのいて臍帯が断裂したもの以外は、ニホンザル同様、しばらく後に胎盤が排出されるまで臍帯はつながっており、胎盤排出後はそれを食べ始めるのも同様である。

 胎盤は少しだけ食べて、後は残すものも多い。

 児の方は、出生直後に手足を動かすこともあり、5〜10分間程度仮死状態で動かなかったものもある。

 チンプの育児行動の詳細については別の発表者(明和氏)に譲るが、児への攻撃行動を示した1個体の2例(1982、1986年)以外は、数日のうちに母親による自然哺育に成功した。それらは研究者あるいは飼育者による根気強い介助の成果であり、普段からチンプに接する人がチンプの信頼を得ているかどうかが大きなカギとなった。

 ニホンザルとチンパンジーの出産時行動を概観したが、陣痛や分娩時姿勢など、ほとんどの過程においては共通する行動が見られた。しかしながら両種で大きな相違が見られたのは、娩出時に児を母親が手で受け止める(ニホンザル)か、産み落とす(チンパンジー)かという点である。これは恐らく、両者の夜間の生活形態の違いによるものであろうと思われる。野生のニホンザルは基本的に夜間は樹上の枝の上で寄り合って寝る。児を落下させないためには、母親が手で直接受け止める行動が必要である。これに対してチンプは、各個体が枝葉を折り曲げて一晩かぎりのベッドを毎晩作り、その中で寝る。ベッドの中では、産み落としても児は落ちることはない。出産後すぐに児を抱くニホンザル、寄り添って寝るチンプという違いも、この状況を反映したものであると思われる。




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