コメント:出産季節と出産時刻の究極要因
中川 尚史(神戸市看護大学)



 ここでは「いつ、出産すべきか」、言い換えれば、出産時期を決定する進化的要因、つまり究極要因について、私の研究対象である北カメルーンのサバンナ帯に位置するカラマルエ国立公園に住む霊長類の1種、パタスモンキー(Erythrocebus patas)(以下、パタス)を例に挙げて簡単に述べる。ここで言う、出産時期とは2つあり、ひとつは出産季節、そしてもうひとつは出産時刻である(詳しくは、それぞれNakagawa, 2000;中川、1992を参照願いたい)。

 まず、1991年に野生パタスの出産シーンを運良く写真にとらえることができたので、ざっと見て頂くが、ここでは行動の詳細ではなく、いつ出産が行われているかに注目してみて頂きたい。まわりの草本が枯れていることから容易に判断できる通り、出産が乾季に起こり、また、日中に行われていることがわかる。

 他方、カラマルエにおいてパタスと同所的に住んでいるタンタルスモンキー(Cercopithecus aethiops tantalus)(以下、タンタルス)は、雨季に出産する。明瞭な乾季と雨季のある地域に住む霊長類は、一般に雨季に出産する種が多い。これは、妊娠後期・授乳期には母親の栄養要求量が高くなるため、彼らの主要食物である果実の生産量が高くなる雨季に出産する遺伝的形質をもった個体が選択されるためと考えられている。ところが、パタスは乾季中期に出産する。これはどのように考えればいいのだろうか。

 そこでパタスとタンタルスのカロリーと蛋白質の摂取量を季節間比較したところ、いずれの種においても出産季が交尾季に比べて高い値を示した。他方、カロリー消費量に季節間で違いはなかった。タンタルスの出産季は雨季、パタスのそれは乾季中期と異なるが、これらの結果はいずれの種もカロリー消費量を増すことなく質の高い食物を獲得できる季節に出産のタイミングが決まっていることを示唆した。そして、乾季出産するパタスがこの季節、多くのカロリーと蛋白質を摂取できたのは、カロリーに富むアカシアの樹脂と蛋白質に富む昆虫とアカシアの豆の影響が大きいことがわかった。

 出産時刻については、パタスはさらに例外的である。一般に昼行性哺乳類は夜間に、夜行性哺乳類は昼間に出産し、霊長類も概ねその傾向がある。霊長類についてレビューしたアリソン・ジョリーによれば、「定常状態にある時間帯に産むことは、母親が、捕食者から身を守るために移動している群れからはぐれない点で有利であるため」だという。

 しかし、ケニアのパタスでは昼間出産することが報告された。そしてその理由として、サバンナでは夜行性の捕食者(ヒョウ、ライオン、ハイエナ、ジャッカルなど)の捕食圧が非常に高くその捕食圧を避ける点で有利であり、またパタスでは暑い正午前後の活動性が鈍ることから、昼間に出産しても群れからはぐれる可能性が少ないことなどが挙げられた。

 1991年に観察されたカラマルエのパタスでも、出産時刻が特定できた4頭はすべて、概ね8時から16時の間に出産した。そして、この時間帯は、パタスの捕食者であるジャッカルとの出会いの頻度が低いことがわかった。

引用文献  
中川尚史.1992.サバンナで生きるために 日中に出産するパタスモンキー.アニマ,243:80-85. Nakagawa, N. 2000. Foraging energetics in Patas monkeys (Etythrocebus patas) and Tantalus monkeys (Cercopithecus aethiops tantalus): Implications for reproductive seasonality. American Journal of Primatology, 52:169-185.




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