ヒトの出産のプロセスと助産の意味
鈴木 琴子(東邦大・医学部・看護学科)



 出産の経過については、教科書的な話であるため詳細ははぶくが、先ず分娩が成立するために,そして正常な経過をたどるためには、分娩の3要素である胎児と胎児付属物、産道、娩出力(子宮の収縮力と腹圧)を考える必要がある。そして、この3要素が質的、量的に異常がなく、互いに調和がとれている必要があり、それが分娩経過を決定づける要因となる。これらのうちで、たぶんもっともヒトらしく変化したのは、この3要素のうち、産道ではないだろうか。産道は軟産道と骨産道に区分され、特に骨産道は、中務先生のお話のように、進化した部分といえるであろう。その他、産道の中を回旋しながらおりてくる胎児の姿勢や、娩出力である子宮収縮、いわゆる陣痛の強さであるとかさまざまな要素が絡み合って進行していく事が、簡単にいえば出産のプロセスということになる。

 ヒト以外の霊長類とヒトの出産がどのように違うのかを考えたとき、上記のような基本的な生物的な出産というのはほとんど変わらないと思われる。しかしながら、ヒトの出産には大抵の場合、介助者が存在するという点が異なるのではないかと考えている。なぜならば、出産の不安や痛みを他人に伝えることができ、より心理的な要素がかなり多くなるため、側に介助者が必要となるのではないだろうか。そういった視点から、以下では、「助産を行う専門職」を念頭に置いて考えてみる。

 出産の経過において、助産婦(現代の日本の)は何をおこなうかというと、分娩の開始から児の娩出までの経過を管理するのである。分娩が開始されたことの確認や、分娩の進行状況と全身状態の観察をして、分娩が異常なく進んでいるかということを見ていき、正常分娩の介助を行うということである。言い換えれば、出産が正常にすすんでいるかを母体や児の状態を確認しながら、陣痛にあわせて、その痛みに対する緩和を行ったりと妊婦の側にいてケアをし、赤ちゃんを取り上げるということである。そして呼吸法やリラックス(弛緩)法、マッサ−ジ法などをつかい、技術的な援助を行う。こういった助産の技術のひとつに、会陰保護術という助産婦ならではという技術がある。娩出の時に、肛門と膣のあいだの部分(会陰部)を裂けないように、また、児の安全な娩出のために、この部分を手のひらで押さえて会陰の伸展を助けながら、切れないようにして、児を娩出させるという技術である。病院など、医療が先行するところでは、反対に切開したほうが回復が早いとして、積極的に切開するところもあるが、この技術については、様々な考えがあるものの、児に異常のない限り、産後の母体の安楽を考えると必要な技術ではないかと私自身は考える。

 産科医療であれば、出産の経過に伴う、痛みにたいしては、麻酔を使い痛みそのものをとることや、陣痛そのものがない方がいいとなれば、帝王切開で取り出すとか、陣痛が弱い場合や分娩経過が長引けば陣痛促進剤を使うことなどの医学的処置をおこなうことができる。しかしながら、助産の立場では積極的な医療技術が使えないこともあるが、出産という出来事のとらえ方すなわち、分娩を管理できるものとしてとらえるか、生理的能力のひとつとしてとらえるのか、ということの違いが根底にあると考える。助産婦は、妊産婦の側で、その生理的な能力を最大限に発揮できるようにするために、出産がスム−ズに進行するように、すでに述べたような技術をつかうという立場であると考えている。もっとも経過が正常ではなくなった場合、医療処置を行い、安全に出産させることは当然のことである。

 日本では1970年代以降、様々な出産方法などが選択され、例えばその一つであるラマ−ズ法などはよく知られている。その他、1980年代にはアクティブバ−スやソフロロジ−法などが考えだされている。それぞれの出産方法に共通する視点として、産ませてもらうお産から自分で産むという能動的な「出産」対する姿勢がある。それは、女性たちが、出産が管理可能なこととして積極的な医療介入がなされていた現実に、異を唱えたものともとらえられる。

 そのため、助産の方向としては、分娩そのものが安全に終了するかということのみに焦点をあてて医療を行うのではなく、出産以前から、つまり妊娠中から出産をするための準備をする、ということに重点を置くことにあると考えられる。その方法には、いわゆる代替医療とを呼ばれる、例えば鍼灸であるとかそういったものを使うこともある。過去をさかのぼれば伝承などでは、「便所掃除をするときれいな子が生まれる(安産になる)」といって身体を動かすことを奨励していた。現代でも妊娠中から体重増加などの管理を徹底的に行い、逸脱した場合には昔ながらの生活を、例えば薪割りや床を雑巾で磨くことなどを行い、正常に戻るように指導することを取り入れている病院も存在する。そこには、病院内の敷地に古い民家を移築し、そういった生活を支援しているのである。日常的に身体を動かすことの少なくなった現代の生活において、身体を鍛えるということが安全な出産に結びついているということであろう。また、アクティブバ−スという出産方法では、伝統的民俗的な出産姿勢にも根拠を見いだしている。そういった方法も取り入れながら、現代の助産婦たちは、女性の産むという能力をたかめるために、医学的な技術の他に、このような様々な方法を利用しているといえる。

 助産婦は、出産の介助を行うだけではなく、現在ではリプロダクションに関わる思春期から更年期までの保健指導や衛生教育を行うとされている。WHOでは、妊娠時からの出産に関わるケアはもとより、家庭や地域における公衆衛生の担い手として位置づけている。特に途上国では助産婦がプライマリ−・ヘルス・ケアの重要な要員となっている。現在の日本では少子化傾向にあることに加え、看護教育の大学化によって、助産婦の養成数も減少傾向にあるが、最近の出産方法や場所の多様化にともない、その活動の場は、病院から地域までと広がりをみせている。そういった状況にどのように対応していくかは、これからの「ヒトの出産」と「助産の意味」を現代の助産婦たちがどのように受け止め、実践していくのかにかってくるのではないだろうか。




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