アフォーダンスと模倣の脳内メカニズム:頭頂連合野-運動前野ネットワークの役割
村田 哲(近畿大学・医学部)



 手指の運動の制御には、対象となる3次元物体についての視覚的な情報が必要である。近年の研究により、頭頂葉を含む視覚の背側経路でこの様な3次元物体が表現され、空間内での運動の制御のために使われることがわかってきている。われわれとRizzolattiらの神経生理学的実験によって、サルの頭頂間溝の外側壁前方部にあるAIP野と、腹側運動前野のF5と呼ばれる領域では、手指の運動に関与するニューロン活動が記録されることが明らかになった。そのうち、AIP野では、手でつかんで操作する対象となる3次元物体を見ているだけでも反応するニューロンや、暗室内の手指の操作運動に伴って反応するニューロンが記録される。また、自分の手の操作運動を見ているだけでも、反応するニューロン活動も記録された。一方、F5でも、手の運動のいろいろなプロトタイプと考えられるような神経活動が記録され、AIP野と同様に操作する物体の形に対して視覚的にも反応する。しかし、AIP野と異なり、多くが運動に先行して活動し、運動を準備していると考えられる。また、頭頂葉のCIP野では、こうした物体の情報のもとになる面の傾きなどの3次元的な物体の特徴を表現することがわかっている。CIPとAIP、そしてAIPとF5は、相互に解剖学的な結合があり、CIP野からAIP野経由で視覚情報がF5に送られ、それに基づく運動がF5で選択されるのであろう。一方、AIP野には、F5で選択された運動のプログラムの遠心性コピーが送られ、物体の形や手の運動の視覚フィードバックと照合されるのではないかと考えられる。Arbibらはこうしたニューロン活動に対し、AIP野でアフォーダンスの抽出が行われてF5に送られるのではないかというモデルを考えている。
  また、サルのF5ではミラーニューロンと呼ばれるニューロン活動が記録され、神経科学における一つのトピックとなっている。これらのニューロンは、自らが手を動かす時に活動すると共に、他者の同様の動作を観察する時にも視覚的な応答を示す。つまり、自己の持つ運動の表現の上に、他者の動作が表現されている。このミラーニューロンは、模倣や非言語コミュニケーションがその役割として考えられているが、マカクザルでは模倣や非言語コミュニケーション能力は欠くとされ、サルにおけるその機能は明らかではない。しかし、最近の研究では、マカクザルでもjoint attentionの能力を持つことが明らかになっている。また、神代らはjoint attentionを獲得したサルでは、実験者の行為の模倣が賦活されることを明らかにした。こうしたことから、模倣とコミュニケーションが、よく似た神経メカニズムに依存していることが推測されるが、実際、計算論的には相手の内部状態を推測するような神経回路が、模倣やコミュニケーションのモデルとして働くことが明らかにされている。Galleseは、ミラーニューロンをsimulation theoryと結びつけ、相手の内的な状態を、自分の運動の表象を使ってリハーサルする役割があると推測した。これは、模倣においても当てはまり、相手の出している運動の指令を推測して模倣を行う機能があるのではないかと考えられる。こうした、他者の動作に反応するニューロンは、F5の他に、頭頂葉のPF野や側頭葉のSTSaでも記録されており、ネットワークを形成しているが、先のアフォーダンスの回路とは別々のものでなく相互に依存していると思われる。イメージングの研究から、ヒトの脳でも同様の神経回路網があるとされており、感覚運動制御の回路から他者の動作の認知、さらにコミュニケーションなどの機能が発達・進化したと考えられる。





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