「咬むもの、咬まれるもの」―歯列形態を歯科臨床から考える―
葛西 一貴(日本大学松戸歯学部歯科矯正学講座)



 軟食嗜好が原因で咀嚼機能が低下し、顎骨が小さくなってきていると言われていますが、確かに口の中をのぞくと歯並びはガタガタ(叢生)している状態を良く見かけます。一般的には歯の大きさと顎の大きさの不調和が原因と言われていますが、縄文時代人と現代人の歯列を比較すると、明らかに縄文時代人の幅が広く、叢生の原因として歯列幅が関与していることも考えられます。

 これまで、歯列の大きさは顎骨の大きさを反映していると考えられてきましたが、奥歯(臼歯)が頬側へ直立しているものほど歯列幅は大きくなることがわかり、歯列の大きさは必ずしも顎の大きさを反映していないことが明らかになりました。このような歯の植立状態に影響を及ぼす因子にはいくつか挙げられますが、そのひとつに咀嚼機能(咀嚼運動の様式や咬合力など)が考えられます。例えば、咀嚼機能が発達し咬耗が進行するほど、その歯は頬側方向に直立し歯列幅は大きくなっています。しかし、軟食化が進みあまり咀嚼運動、とくにグラインディング(臼摩)運動をしなくなってしまった現代人では頬側への歯軸の変化は少なく、結果的に幅の狭い歯列となっています。

 歯列の大きさの変化は、咀嚼機能のほかに顎骨の成長変化も影響しています。歯列弓の大きさの変化を小学2年生から6年生までの5年間の追跡調査から見ると、第一大臼歯の幅が上顎で5.6mm、下顎で3.6mmと大きく成長した子供と、上顎で0.2mm、下顎で1.2mmとほとんど成長しない子供がいます。歯列が大きく成長しない場合は、叢生状態となり歯科矯正治療の対象となります。治療としては、顎骨を拡大する装置や歯軸傾斜を外側に変化させる方法があります。しかし、歯列を歯科矯正治療で拡大した後、再び元の大きさに戻ることがあります。先に述べた縄文時代人のように咀嚼機能が活発なら歯列は維持されるので、治療によって拡大された歯列は咀嚼機能も改善された場合は維持されます。しかし、咀嚼機能の改善が伴わなければ、再び元の状態に戻る傾向にあります。

 歯並びは一生同じではなく、経年的に臼歯は頬側に傾斜し、その結果歯と歯の間がゆるくなったり、物がよく詰まる現象が生じます。叢生はむし歯や歯槽膿漏になりやすい環境をもたらしますから治療することが必要です。長い人生を楽しく暮らすため、自分の歯でしっかり咬むために、永久歯の生えるころから「食育」について実践していただきたいと思います。





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