日本人と牛肉
関川三男(帯広畜産大学大学院)



 牛肉の料理で直ぐに思い付くのは「すき焼」や「焼肉」である。この2つ料理に共通することは複数の人たちによる共同作業が前提となっていること。「すき焼」には「男子厨房に立たず」を信条とする頑固な父親が鍋奉行を勤める、という団欒の微笑ましい印象がある。また、多くの焼肉店には一人客用の準備がない。このように牛肉には一人きりで食べる:個食のイメージが少ない。牛肉は、本来、牛の筋肉(骨格筋)なので、牛を屠殺・解体して得られる。屠殺直後のものは、弾力があり柔らかいが風味に欠ける。これを冷蔵すると約24時間で死後硬直が最大となり、肉は硬く、煮ても焼いても「おいしく」ない。しかし、さらに2週間程度冷蔵すると、柔らかさ、風味、多汁性が増し、食用に適したものとなる。この過程を熟成とよび筋肉は食肉へと変換される。この間に筋肉はタンパク質分解酵素などの作用で柔らかくなり、さらにグルタミン酸等が蓄積して風味も増す。最近、日本では、牛肉の「おいしさ」に影響する最も大きな要因は、「柔らかさ(硬さ)」と言われている。これは「トロ=霜降り肉」人気の所為かも知れないが、欧米人の多くは、この種の肉を余り好まず、噛みしめて味わいの深い赤身肉を好む。現在、油分の獲り過ぎを気にしている方が多いが、脂肪分30%以上の「霜降り」の人気は根強い。脂身は赤身よりも柔らかい。いずれにしても肉の柔らかさを評価する際には、物理的な切断強度(包丁で肉を切るのに必要な力)と官能検査(歯で噛んだ時の評価)を一般的に行う。これらの測定値間の相関は比較的高いが、地域や文化の異なるヒト集団間ではどうも差があるように思われる。この両者の測定値を同時に記載した報告を比較すると、同じ切断強度の牛肉を日本人は欧米人よりも硬いと官能的に判断している様子が窺がえる。この理由は定かではないが、食文化の相違あるいは歯の形や噛む力の差などが容易に考えられる。このように、牛肉などの食品に対する嗜好性や官能評価は、ヒトの五感(味覚、嗅覚など)や食体験などを通して総合化されたものなので、これらの値と化学的・物理的測定値との間には、通常、単純な線形関係は見出せない。ここに、これら相互の関連性を分析することの難しさがある。牛肉を食べる際には、食料の自給率、BSE、食育などについて語り合って頂きたい。





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