ヒトは咬まなくたって食べられる
茂原 信生(京都大学霊長類研究所)



 最近の日本人のそしゃく器官(食べることに関係しているいろいろな部分)は貧弱になっているといわれます。親しらず(第3大臼歯)が生えない人がいたり、切歯の数が足りない人がいたり、あるいは、あごは小さくなり,かみ合わせが悪かったり、といわれます。本当でしょうか?もしそうだとしたら、このような変化は進化の当然の結果なのでしょうか、それとも人類の存続に係わる重大な欠陥なのでしょうか。
 哺乳類のなかには、歯がなかったり、数が非常に少なくても立派に生きているものがいます。そのような哺乳類はなぜ歯がなくても、あるいは少なくても生きていけるのでしょうか。ヒトがもしこのまま歯が少なくなっていっても、生きていけるでしょう。歯がなくても栄養がとれるような食料やシステムがあるからです。しかし、生きると言うことは栄養をとるだけではありません。
 
 進化のみちすじのなかで、私たちのそしゃく器官は、どのようにして今の形になったのでしょうか。それを見ないことには、現在、いろいろ起こっていることがどの方向に向いているのかがわかりません。草を食べる動物と肉を食べる動物は全く違った形の歯を持っていますし、それを支えるあごの骨を持っています(図)。さらにそれを動かす筋肉がついていて、いろいろな形は、このようにいろいろな働きに結びついています。私たちが現在、上下のあごに16本ずつの歯を持っていることは決して偶然ではないのです。
 
 最初に、なぜ歯を持つようになったのか、歯とは何かをみましょう。ついで、霊長類もその一員に含まれる哺乳類のそしゃく器官がどのような形をしているのか、そしてその中で私たち霊長類につながる特徴はどのようなものかをみます。霊長類が何を食べているからそれぞれの歯やあごの形を持っているのかを考えてみます。




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