人類の進化と共食の起源
山極寿一(京都大学大学院理学研究科)



 現在地球上に生存する300種に及ぶ霊長類にとって、食物は競合の源泉である。食物はそこに含まれる栄養素と生活形、分布、量などによって、それを食べる動物の競合を左右する。動物はその食物をいかに安全に効率よく食べるかについて食べ方、場所、時間、一緒に食べる仲間を慎重に選ぶ。霊長類の咀嚼器官や消化器官ばかりでなく、1日の活動時間配分や遊動範囲、ひいては社会生活まで、食べるという行為によって大きな影響を受けているのである。霊長類は基本的に雑食者で、体が大きくなるに従って果実食や葉食が多くなる。肉食動物のように食いだめが効かないので、毎日食べなければならないし、果実のような局所的に分布する食物を好むと競合が増加する。このため、霊長類はあまり大きな集団を作らず、集団内で食物に接近する優先権を決めて複数の仲間と共存している。多くの霊長類は熱帯林に生息するので、季節の変化は雨量の増減が主で、果実の種類や量が季節による変動を示す。このため、果実食の霊長類は葉食の霊長類に比べて遊動域が広く、集団間関係や集団内の個体間関係も競合的とされている。ニホンザルでは、食物を前にすると劣位なサルが必ず遠慮して、優位なサルから視線を外す。相手を見つめることが威嚇の意となるからである。優劣順位は群れ内でサルたちが共存するために、食物をめぐる競合が表面化させないように進化させてきた行動文法であると言える。

 ところが、ゴリラやチンパンジーなどの人間に近い類人猿では、劣位者が優位者を見つめることがよくある。見つめられると優位なゴリラやチンパンジーは、食物や採食場所を相手に譲るのである。なぜ、ニホンザルとは正反対のことが起こるのだろうか。それは、類人猿がトラブルの解決手段として第3者との同盟や仲裁を重んじているからである。ゴリラがけんかをすると、それがたとえ優位なオスどうしのけんかであってもメスや子どもが仲裁に入る。チンパンジーでは各自の力量ではなく、複数の個体間の連合が個体の社会的地位を作る。しかも、同盟関係は変化しやすいので、常に確かめることが必要になる。優位なゴリラやチンパンジーが食物を前に抑制するのは、集団に滞在し続けるために他者の支配ではなく協力が必要だと感じているからに他ならない。人間も食物を社会交渉の手段として多様な食事の場を演出している。その起源を類人猿の食と社会生活に探ってみようと思う。




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