はじめに
椎野 若菜(青山学院大学)



 本シンポジウムでは、考古学、霊長類学、社会-文化人類学といった隣接領域で実践的調査を行われている方々から、それぞれの観察なさってきた社会/集団の事例をふまえ、「性」についてお話しいただく。

 まず、考古学からどのような「性」へのアプローチが可能か、ご提示いただく。かつてのヒトはどのような性観念をもっていたのか?遺物からどう読み取ることが可能であろうか?

 そしてサル/ヒトは何のために、どのように性交を行うようになったのだろうか。サルの種によっても、オスとメスが性交を行うための特別な行動様式、発情の仕方は異なる。数日間で終わるサル、月経周期にかかわらず、いつでも交尾をするサル。サルによっては、個体のライフステージによって性行動の行い方が著しく異なるようである。つまり、サルの性行動の方法やその意味も、種によって、また個体のライフサイクルを通じてみるなかで、多様性がみられると考えられる。またボノボに代表されるように、種によっては性行動が必ずしも生殖に直結したものでないのではないか、という報告もなされている。それならば、生殖に関わらないと考えられるサルの性行動とは、どのように行われるのだろうか。それはどのような意味、役割をもつと考えられるだろうか。性行動の学習のためなのか、繁殖戦略のためか?それとも代償行動か?そうした性行動に、「快楽」はどのように作用していると観察できるだろうか。それぞれの種が構成する社会/集団の規模により、性の意味、また社会的な機能も異なると考えられる。

 われわれヒトも、進化という大きな枠でみれば、発情を失った、サルの仲間の一つであるといえる。しかしながらヒト/人間は、言語をつくりだし、集団を形成し秩序をもって生活するなかで、性についてもあらゆるルールや制度を生み出した。その言語をもって名付けた制度のもとに、人間はときに「快楽」を伴うと考えられる自らの「性」に、ある意味、括られて生きている。性に関する言説や制度は、子孫たちによって再解釈・改変されたり、その逸脱によって、また新しく生み出されたりしている。「性」の様式やその禁忌などの表象のされ方は、地域、社会によって多様性があることが次々に報告されている。

 本シンポジウムでは、サルと人間の社会をみてきた方々が一堂に会することにより、サルの性、人間の性についての既存の固定化されたまなざしを問題化し、双方の立場から「性」を考えたい。とくに生殖につながる、もしくはつながらないと考えられる性行動の意味やその機能、性に関する制度(ルール)、ライフステージ、といった語彙をキーワードに、「快楽」という視点から種を越えた性の多様性を考えたい。それは最終的に、「人間」を拘束する性、人間性についてより深い考察を行うことにつながるだろう。





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