レイプするサル――オランウータンの性行動と繁殖戦略
久世 濃子(東京工業大学)



 オランウータンはヒトと近縁な大型類人猿の一種であるが、単独性が強く、完全な樹上生活者であり、その生態はヒトや他の大型類人猿とは大きく異なっている。さらにオランウータンの性行動は他の霊長類とは異なっている点が多い。本発表ではオランウータンの性行動の概要を示し、どのような進化の道筋を経て、オランウータンがこのような特異な性を獲得したのか、現在まで提示されている議論を紹介する。特にオスの二型成熟と繁殖戦略の関係、ヒトとオランウータンにのみ共通する性に関わる形態、生理、行動を取り上げ、映像を交えて紹介する。
 近年の飼育下および野生下での研究から、オランウータンのオスは「二型成熟」という哺乳類では非常に稀な性成熟の様式を示すことが明らかになりつつある。オトナのオスは社会的優劣関係に基づいて、顔形態を大きく変化させる。社会的に優位な個体は顔の両側が大きく張り出し(Flange)、喉袋が発達する(=Flanged-Male 図1)が、劣位な個体ではこの張り出しがなく、喉袋も小さい(=Unflanged-Male 図2)。どちらのタイプも性的には成熟しており、繁殖も行う。これらの2タイプのオスは、

・Flanged-Maleは大きな体で、ロングコールという音声を発して、メスが来るのを待つ
・Unflanged-Maleは小さな体でこっそりメスを探して歩き回る

というそれぞれ異なる繁殖戦略を用いている、と言われている。本発表では、オスの二型成熟に関する最近の研究成果と、このような特異な性の様式が進化してきた要因に関する仮説を紹介する。
 さらにオランウータンには、ヒトとだけ共通していて(チンパンジーを含む)他の霊長類とは共有されていない、性に関わる特異な形態、生理、行動がある。主なものとしては、
・外見からはメスの発情周期がわからない
・発情周期に関係なく、いつでも交尾が可能である
・レイプ(メスの同意のない、オスによる強制的な交尾)が可能であり、珍しくない
などが挙げられる。これらの形態や行動について写真や映像を交えながら解説し、どのような進化の道筋を経てオランウータンはこのような特異な性を獲得したのか、現在まで提示されている議論を紹介する。
 このようにオランウータンがヒトとは異なる進化の道筋を通って、ヒトに似た特異な性を獲得したことは、人間の性についてより深い考察を行う上で有用な手がかりとなるだろう。

図1 Flanged-Male 図2 Unflanged-Male





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