性と生殖の関係について考える
竹ノ下祐二(日本モンキーセンター)



  「生殖に結びつかない性」は、ヒト以外の霊長類にも広くみられる現象である。オスとメス、メスとメス、オスとオス、コドモとオトナ、性行動はあらゆる性年齢クラスのあいだで見られる。メスの交尾や性皮腫脹は必ずしも排卵と一致せず、妊娠中や授乳中にも発情し交尾する。マスターベーションは日常茶飯事だし、手や口を使った性器刺激を頻繁におこなう種さえいる。メスが交尾のみかえりにオスから食物をとってゆくこともある。

 昔はこれらの性行動は失敗や異常とみなされることが多かったが、自然条件下で頻繁に見られることがわかると、すべてを異常と片づけることは困難になった。やがて進化学者たちは「生殖に結びつかない性」を積極的に評価し、さまざまな機能や意義を乱発するようになった。

 進化学者による生殖に結びつかない性の解釈に「生殖の偽装」がある。メスが排卵していないのに発情するのは、排卵を隠蔽することで、オスが排卵期のメスを独占することを防き、さらに生まれてくる子の父性をあいまいにして子殺しを防ぐためだというのだ。

 これは一見妥当な、よくできた解釈である。だがこの解釈は、生殖によらずにどう性を規定するのか、問題にしている性行動は本当に生殖と無関係なのかという二点の検討を棚上げにし、「それと気付かぬままに動物を擬人主義的に解釈し、さらにその自己投影をわれわれにもあてはめるという「二重の擬人主義」(高畑、1994)」に陥っている。

 本発表では、先行論文および演者が嵐山のニホンザルを対象に行なった調査から得られたデータをもとに、霊長類のメスにおける生殖関連ホルモン動態と性行動(交尾行動)との関連について考察する。データが示唆するのは、性行動のほとんどが生殖関連ホルモン動態によって説明可能であるということである。すなわち、身体レベルではほとんどの性行動が[生殖=生殖関連ホルモン動態]と"結びついて"いるのだ。だが同時にこのことは、サルにおいても性はそもそも[生殖=排卵]と一体ではないということをも、逆説的に示している。

 つまり、霊長類において、性と生殖は同義でないが無関係でもない。いわば、ゆるやかに関連しているといえる。そのゆるやかさは「生命の豊かさ(BiologicalExuberance:Bagemihl 1999)」である。ヒトを含む霊長類は、その豊かさをおのおのの生活史のありように応じてさまざま活用(exaptation: Gould 1982)してきたのだ。





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