チンパンジーの哺乳類狩猟と肉食
○保坂 和彦(京都大霊長研, 日本学術振興会特別研究員)



 ヒトの狩猟や肉食の進化を考えるうえで、チンパンジーの哺乳類狩猟と肉食はいかなる示唆を与えるだろうか。次の5つの問題と関連づけながら、タンザニア、マハレ山塊のチンパンジーにおける1991年度から1995年度までの約5年間に集められた資料(Hosaka et al., in press; Hosaka, in prep)を紹介する。


1. ヒトの肉食行動と相同か?

 Henneberg et al. (1998) は、ヒトを含む哺乳類種間の代謝エネルギー量・消化器形態・寄生虫分類に関する比較研究を概説し、「肉食への習慣的な依存に生理・解剖・行動レベルの適応が生じたのはヒト科の系列であり、おそらくアウストラロピテクス以降のことであろう」と結論している。ヒトの「身体」には霊長類の中では特異的に肉食への適応の歴史が刻まれているのに対し、チンパンジーの身体は標準的な果実食霊長類の性質を維持しているようである。

 また、チンパンジーの近縁種ボノボは哺乳類食の頻度が低いことから、チンパンジーに広く確認される哺乳類食パターンはボノボと分岐したあとに独自に獲得されたものかもしれない(五百部, 1997)。つまり、ヒトとチンパンジーの共通祖先は、むしろ現生ボノボに近い頻度において、機会的な小動物狩猟、少量の肉摂取を行なっていたのかもしれない。一方、Stanford (1999)はチンパンジーを共通祖先のモデルとして採用し、季節性・雄による追跡型集団狩猟・肉分配といった現生チンパンジーに見られる哺乳類食パターンが初期人類にもあり、これが社会的知性の進化に影響したであろうと考えた。小型〜中型の動物を食べたという化石生成学的証拠が得られないかぎり、どちらの説が正しいかを判断するのは難しい。


2. どの哺乳類をどのように狩猟するか?

 マハレのチンパンジーが観察期間中に捕食した獲物(n = 245)に占める割合がもっとも大きかったのはアカコロブス(83.3%)であった。二番目は森林性レイヨウのブルーダイカー(7.5%)であった。他の昼行性霊長類については、アカオザル(1.4%)、ベルベット(0.3%)、アオザル(0.3%)、キイロヒヒ(0%)が低頻度において捕食された。

 チンパンジーがアカコロブスを高頻度に捕食する傾向は、ゴンベ(タンザニア)、タイ(コートジボアール)、キバレ(ウガンダ)においても共通することが知られている(Stanford, 1998; Boesch & Boesch, 1989; Mitani & Watts, 1999)。

 マハレのチンパンジーがアカコロブスをよく食べるのはなぜであろうか?まず、獲物の分布と生息密度という生態学的要因が影響していることが考えられる。ウッドランド植生を主に利用するヒヒは森林植生を主に利用するチンパンジーと出会うことが少ないうえに、体が大きく攻撃的能力も高いため、獲物となりにくいのであろう。ベルベット、アオザルは森林植生を好むが生息密度が小さいことが獲物になりにくい要因であろう。

 アカコロブスに次いで生息密度が高い森林性霊長類のアカオザルが捕食されないという現象には別の説明を求めなくてはならない。一つは、獲物の側の対捕食者行動における違いを検討すべきである。アカコロブスはチンパンジーが接近しても逃げずに防衛する傾向がある(Ihobe, 1999)。対照的に、アカオザルはチンパンジーが接近すると、すばやく樹間を移動して回避するようである。チンパンジーにとって逃げない獲物の方が捕獲しやすいとすると、アカコロブスが選択的に狩りの対象となることが説明できるかもしれない。

 また、文化的現象についても検討する必要があろう。偶蹄類を捕食しないタイのチンパンジーは、偶蹄類に出会っても狩猟しないばかりか、捕まえても食べないことさえあるらしい(Boesch & Boesch, 1989)。チンパンジーは食物品目を社会的学習によって獲得している可能性が高く、捕獲する機会が非常に少ない哺乳類種には「探索イメージ」が形成されないのかもしれない。

 それでは、チンパンジーはどのような方法で狩猟するのだろうか?私の野外調査資料(合計18ヶ月間)によると、チンパンジーは獲物種によって異なる狩猟方法を採っている。

 偶蹄類をはじめ霊長類以外の獲物は機会的な「単独狩猟」によって捕獲される。とくにブルーダイカーは捕食者が近づくと草むらに隠れる習性があり、チンパンジーはこれを見つけると即座につかみ取ろうとする。

 霊長類を獲物とする狩猟のパターンには「1, 2頭の狩猟者によるもの」と「3頭以上の狩猟者によるもの」のあいだで違いが見られた。前者は、単独行動をしているサルに静かに忍び寄って跳びかかるというパターンであった。狩猟者はワカモノ以上の雄に限定され、狩猟者同士の協同も見られた。襲われたアカコロブスとアカオザルの個体数(いずれも5)には差がなかった。後者は、69事例すべてが、アカコロブスの群れを対象とする集団狩猟であった。性・年齢にかかわらず多数のチンパンジーが参加し、樹上のサルを威嚇しながら接近して襲うというパターンであった。この場合、実際にサルを捕獲するのは必ずしも活発に獲物を追跡する個体自身でなく、地上から狩猟の進行をモニターしていた個体が飛び降りたサルを捕獲することがあった。


3. 屍肉食するか?



 チンパンジーは屍肉食によっても肉を獲得するが、これはきわめてまれにしか観察されない。30年にわたるマハレの資料において10事例が記録されているのみである(狩猟によって捕食されたと推定される哺乳類個体の数は438)。ただし、腐肉食、骨髄を取り出すための道具使用は観察されていない。

 屍肉食について注目されるのは、ヒョウが殺したブッシュバックの死体をチンパンジーが拾得して食べることがしばしば観察されることである。この場合、チンパンジーが殺すことができないと思われる大きさ(約15s以上)の獲物の肉を入手することもある。チンパンジーが、ヒョウが獲物を殺した事実を検知したうえで、死体を探しに行くことがあるかどうかは明らかでない。


4. 何が狩猟行動の動機づけに影響するか?



 1979年から1995年までの哺乳類捕食頻度(月ごとに捕食された個体数)の資料を分析したところ、マハレにおいて5―1月がチンパンジーの哺乳類狩猟の季節であり、8―10月がピークであることがわかった。哺乳類捕食頻度はアカコロブス捕食頻度と相関していた。したがって、哺乳類狩猟の季節性を、アカコロブス集団狩猟の季節性と見なして分析することができる。

 狩猟の季節性をもたらす要因として、次の二つが考えられる。

 まず、栄養素(主に蛋白、脂肪、ミネラル)が季節的に欠乏する時期に、チンパンジーが哺乳類を好んで捕食するかもしれない。ただし、チンパンジーの体重測定の結果(Uehara & Nishida, 1987: 1973~1980年の資料)によれば、狩猟の多い乾季の方がチンパンジーの体重は大きく、この仮説は支持されない。

 次に、季節的な遊動パターンの変動が哺乳類捕食行動の動機づけに影響しているという考え方がある。具体的には、獲物のアカコロブスと遭遇したとき、一緒に歩いている仲間が多ければ、狩猟を始める確率が高まるという現象がある。これは、ゴンベ(Stanford, 1998)やキバレ(Mitani & Watts, 1999)における先行研究が明らかにしている。

 マハレのチンパンジーにおいても、私が調査した1991年度と1993年度の狩猟頻度とパーティサイズの月変動を分析したところ、同様の結果が得られた。つまり、狩猟頻度とパーティサイズは正の相関を示すということがわかった。パーティサイズ自体は、チンパンジーの主食である果実の利用可能性における季節変動に対応しているらしい(伊藤、私信)。果実が豊富になる季節にはチンパンジーが集まり、狩猟集団を形成する基礎ができると考えることができるかもしれない。

 ただし、「パーティが大きい」ことは必ずしも「狩猟が多い」ということを意味しない。このことは、狩猟の開始には別の要因も関与していることを示唆している。

 そのような要因の一つが、私が観察した時期に見られた、政治権力をめぐる雄間競争であろう。すなわち、1991年9月と1992年2月に一時的に狩猟頻度が上昇する時期があった。いずれもα雄交代後の雄間関係が非常に緊張した時期に相当した。

 狩猟率(アカコロブスに遭遇したとき少なくともチンパンジーが狩猟を始めた割合)を月平均で計算して、パーティサイズやパーティに含まれるオトナ雄、ワカモノ雄、オトナ雌、発情雌の数の月平均と相関するかどうかを調べた。その結果、オトナ雄の数だけが有意な相関を示した。散布図によると、オトナ雄が5頭前後のときは狩猟率が低く、9, 10頭のときはほぼ100%となっていた。

 アカコロブスと遭遇したときチンパンジーが狩猟したパーティ、狩猟しなかったパーティのサイズ、構成を比較したところ、パーティサイズ及びオトナ雄、ワカモノ雄、オトナ雌、ワカモノ雌の数について、前者の方が有意に大きかった。しかし、発情雌の数については統計的な差が認められなかった。

 しかし、狩猟を始めたパーティのうち、少なくとも1頭の獲物を殺した成功組と1頭も殺さないまま終わった失敗組とで比較したところ、どれも違いがなかった。

 1991年度から1995年度の資料によると、オトナ雄はアカコロブス捕獲の57%に貢献している。したがって、オトナ雄全10頭のうち7頭以上が含まれるパーティにおいて集団狩猟が起きやすくなると予想するのは理にかなっている。逆に、オトナ雄が7頭未満のパーティにおいては集団狩猟がほとんど起きなかった。これらの結果は、キバレのものとほぼ同じである。

 ただし、オトナ雄の数が最大で10頭だったマハレではいったん起きた狩猟の成功率には大きな差が生じなかった。一方、オトナ雄総数が26頭と非常に多いキバレからは、オトナ雄が増えるほど成功率も上昇したという結果が出ている。私が観察した印象によると、マハレの場合、社会的緊張が原因で雄同士が互いに牽制し合うために、7-10頭のオトナ雄が集まっていても、活発に狩猟する雄は数頭に過ぎない。

 まとめると、(とくに政治的緊張が生じていた時期に、)雄の数が7頭以上のパーティがアカコロブスの群れに遭遇したとき、マハレのチンパンジーは高い割合で狩猟を開始したが、成功率には大きな変動が見られなかった。


5. どのくらい肉を食べるか?



 マハレのチンパンジーが捕食したアカコロブスの肉の量を推定した。

 私の観察時間(1991年度:894 hr, 1993年度:1231 hr)中にチンパンジーが捕獲したアカコロブスの個体数(1991年度:25, 1993年度:49)から年間の捕殺数を推定したところ、1991年度は122個体、1993年度は174個体となった。

 獲物の大きさによる肉の量を補正するため、1990―1995年にチンパンジーが捕獲したアカコロブスの年齢構成(オトナ30, ワカモノ38, コドモ48, アカンボウ39, 不明90)を利用した。

 年齢による体重の推定については、キバレにおける資料(オトナ= 7 kg, ワカモノ= 5 kg, コドモ= 3 kg, アカンボウ= 1 kg)を参照した。

 以上の数値を用いて算出した肉獲得量の年間推定値は、M集団全体では459 kg (1991年度), 655 kg (1993年度)、1個体当たりでは5.4 kg (1991年度), 7.7 kg (1993年度) となる。

 ただし、肉食量は個体差が大きい。それは、チンパンジーが肉食する機会には、自ら獲物を獲得する頻度においても差があるうえに、他個体が保持する肉を食べる頻度においても差があるからである。

 捕獲された哺乳類の肉は1個体が消費するには多すぎる場合が普通である。チンパンジーはしばしば、この余剰分の肉を他個体と分かち合うという肉食パターンをとる。とくに、α雄が肉を保持して周囲の個体が肉をねだるというかたちになることが多い。ヒトの狩猟採集民における、自発性の強い「肉分配」とは意味が異なるが、この行動はチンパンジーにおける「肉分配(meat-sharing)」とよばれている。

 ここでは、性・年齢による肉食参加率への影響を考慮して補正を試みる。つまり、自分で捕ったか他個体から分配を受けたかに関わらず、肉食に参加した回数を単純に数え上げて、のべ参加数を各性年齢について求めた。また、肉分配の役割を担うことが多いα雄だけは他のオトナ雄と区別して扱った。

 1993年度の資料に基づく推定値によると、α雄は1日平均で194 g程度の肉を獲得していた。また、興味深いことにオトナ雌は、α雄からの肉分配の恩恵を被った結果、α以外のオトナ雄(38 g)とほぼ同じ37 gの肉を獲得していた。

 この結果が一次分配しか扱っていないことに留意する必要がある。未成熟個体が1日に獲得する肉の推定値(ワカモノ雄12 g, コドモ雄9 g, アカンボウ雄0 g, ワカモノ雌7 g, コドモ雌4 g, アカンボウ雌0 g)が小さいように見えるが、実際は母親など血縁個体からの二次分配があるため過小評価であろう。

 アフリカ狩猟採集民の資料によると1日平均で約300―400gの肉(骨や皮を含む)が獲得されている。これと比べると、体重の差を考慮してもチンパンジーのオトナにおける40グラム弱の肉獲得量は少ないといえよう。ただし、α雄だけは狩猟採集民の値に接近している。

 「α雄による肉分配がオトナ雌の肉食量をオトナ雄に匹敵させている」という仮説が正しいとすると、チンパンジーのアカコロブス集団狩猟の究極要因を論じることができるかもしれない。つまり、集団狩猟が発生するためには、頻繁に獲物を捕獲する雄以外の個体にも何らかの利益があるはずである。アカコロブスは攻撃力が高く、雌や未成熟のチンパンジーが単独で襲うには危険である。しかし、いったん集団狩猟が起きて獲物が捕獲されれば、オトナ雌は肉分配にありつく可能性が高まる。また、未成熟個体も集団狩猟であれば、「恐怖」を克服し、積極的に木に登り獲物を威嚇するなどして参加することができるようになるのかもしれない。このようなことが繰り返されることにより、オトナ雄以外の個体も集団狩猟のイニシエーターとして積極的に関わるというパターンが形成されたのかもしれない。

 今後は、このような観点から、集団狩猟における個体の役割にも注目する必要がある。さらに、複数の観察者を動員することにより、二次分配による肉の流れを記録することも重要である。


引用文献

Boesch C; Boesch H 1989. Hunting behavior of wild chimpanzees in the Tai National Park. Am. J. Phys. Anthro. 78: 547-573.

Boesch-Achermann H; Boesch C 1994. Hominization in the rain forest: The chimpanzee's piece of the puzzle. Evol. Anthro. 3: 9-16.

Henneberg M; Sarafis V; Mathers K 1998. Human adaptations to meat eating. Hum. Evol. 13: 229-234.

Hosaka K; Nishida T; Hamai M; Matsumoto-Oda A; Uehara S in press. Predation of mammals by the chimpanzees of the Mahale Mountains, Tanzania. In: Great Apes of the World, Galdikas B; Shapiro G; Briggs N; Sheeran L (eds.), Kluwer, Dordrecht.

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