タンパク質に記録された食生活:肉食率は復元できるか
○米田 穣(環境研・化学)・梅崎昌裕(東大・医・人類生態)・吉永 淳(東大・新領域)



1.はじめに

 地球上の極めて多様な環境に適応しているヒトという生物種を理解するためには、適応形態の多様性を踏まえた上で、通文化的な議論を可能とする共通の視点が必要となる。そのようなアプローチのひとつとして、背景となる自然環境を通して人類集団を理解する生態学的な視点は非常に有効であることは広く認められている。このような研究によって、現代の人類集団に関して集団間の比較が可能であり、それと同時に分析対象を時間軸に関して拡張して時代差などの議論も可能である。すなわち、先史時代の人類集団に対しても生態学的な視点に基づいた研究は広くなされており、先史時代人の物質文化や生活を理解する上で大きな成果をあげている。しかし、先史時代の人類集団を研究対象にする場合、発掘によって実際に入手できる考古学資料は、遺跡形成時とそれに引き続く堆積中での埋蔵という二重のバイアスをうけていることに注意せねばならない。例えば、食物の残滓の中でも骨や貝殻などの動物質食料は遺存しやすいが、植物遺存体は埋蔵条件に恵まれない限り出土しないことが一般的である。そのため、考古学遺物から当時の人々の暮らしぶりを復元するためには、断片的な食料残渣や道具の組み合わせ、あるいは遺跡の立地などから多くを推測する必要があり、具体的な議論は必ずしも容易ではない。

 これとは少し異なったアプローチとして、ヒトを生態系における物質循環の一員として考える生物地球化学的な視点がある。これは食物網(食物連鎖)というサイクルのなかで循環している物質の動きに着目して、その動態からヒトの生態系におけるポジションを考察するミクロな視点に基づく研究である。このような視点から見ると、ヒトの体内にも食物、飲料水などを通じて、彼らの適応した地域環境の特徴が反映されるはずである。この原理を応用して、先史時代人類集団の食生活に関する分析手法が開発されている。例えば人骨に残存するタンパク質、コラーゲンの炭素・窒素安定同位体比を測定することによって、コラーゲンを構成する元素の由来、すなわち食物の組成をある程度定量的にを復元することが可能である。特に本稿のトピックスである「肉食率」について、具体的な考古学的証拠を持って議論することは必ずしも容易ではない。一方、骨の化学成分という具体的な証拠は人類進化で肉食が果した役割を検討する上で非常に有効な情報を提供できる可能性がある。


2.方法の原理

 我々の身体を構成する全ての組織は、食べものや飲み水あるいは呼吸によって取り込まれた元素によって構成されている。また、同時に組織を構成する元素は常に入れ替わっており、我々の身体は周囲の環境と動的な平衡状態にあるといえる。この物質の流れを追跡するために目印となるものをトレーサーとよび、元素の中で少しだけ重さの違う同位体や、主要元素と同じ様な化学的特徴を持った微量元素(例えばカルシウムに含まれるストロンチウム)などがトレーサーとして有効である。例えば、生物体を構成する主要元素である炭素と窒素では、それぞれ13Cと15Nという同位体が少量存在し、植物の光合成回路の相違(C3植物とC4植物)や海生動物と陸生動物の間などで明らかに異なる傾向が示される。この相違を利用して、体組織形成に伴う同位体の変動を差し引くことで、組織を構成する元素の由来、すなわち摂取された食物の種類をある程度の定量的に復元することが可能となる。なかでも窒素同位体15Nは動物体内に濃縮されるので、肉食の指標として有効であると期待される。しかし、自然界では常に例外的な事例も存在しており、野生生物の研究から水不足や飢餓などによって窒素の同位体比が変動することが報告されている。また、陸上の生態系ではいわゆる食物連鎖が比較的単純であり、大型肉食動物が生息しない地域では食物連鎖で上下関係にある植物と動物の間で同位体の大きなシフトを期待することができない。そのため、雑食性の人類集団におけるタンパク質摂取で肉類がいかに重要であったかという微妙な評価は必ずしも容易ではない。

 しかし、肉食が人類進化で果たした役割は非常に重要であり、定量的な分析方法を議論することには大きな意義がある。同位体比の情報から肉食の重要性を定量的に議論することが本当に困難であるのか、それとも何らかの特徴として現れるのかを検討する必要がある。そのためには現代人類を対象とした同位体比的研究と、彼らの食生活を定量的に記録する生態人類学的調査を並行して行うことが非常に重要である。

 今回の研究では、パプアニューギニア高地人(フリ)を対象として、サツマイモを主食とする高地地方・タリ盆地居住のフリと、首都ポートモレスビーで市場に流通する食物を中心とした食生活をおくるフリから爪を分析試料として採取した(写真参照)。両地域において、家庭に出入りする食料品全点の重さを記録するという方法で食生態に関する基本的な情報が記録されている。その結果、タリ盆地の高地人の食生態は非常に少ないタンパク質摂取量に特徴づけられることが明らかになっており、都市部とは全く異なる食生態に適応していると言うことができる。はたして低タンパク食という特殊な栄養環境において、爪の同位体における傾向がどのように変動するか、あるいは何らかの生理学的な適応が存在するのかを同位体比から議論したい。さらにその結果を踏まえて、同位体比を肉食率の指標として初期人類を含めた先史人類集団に適応することができるかを考察することが本研究の目的である。


3.化石人類へ応用例

 人類進化における「肉食」の役割という視点から議論を進める為には、化石化過程という大きな化学的変性を経た試料から生体に由来する情報を抽出する必要がある。堆積に長時間埋没していた骨試料では、続成作用と呼ばれる化学的な変化によって我々が知りたい食べ物の組成に関する情報がかき消されてしまっている可能性を常に考慮せねばならない。化石組織の化学組成が食生活の情報を保持していることを証明するのは容易ではないが、同じ遺跡から出土した食性の異なる動物骨を参照することで間接的な証拠を得られる。例えば、骨の無機成分であるハイドロキシアパタイト結晶に含まれる微量元素ストロンチウム(Sr)と主成分のカルシウム(Ca)の濃度から、南アフリカのスワルトクランス遺跡出土のアウストラロピテクス・ロブストゥスの肉食率を推定した研究(Sillen, 1992)では、肉食動物と草食動物の骨におけるSr/Ca比を同時に測定し、両者の間で期待される種間差が認められたことから、同遺跡の堆積環境ではSr/Ca比に記録された食性のシグナルは保持されていると結論している(図1)。草食動物および肉食動物とアウストラロピテクスについてSr/Ca比を比較することによって、この種が従来考えられていたよりも肉食率が高い食生活を有しており、草食というよりは雑食に近いという結果が示唆された。

 また、Lee-Thorpら(1994)は、同じくスワルトクランス遺跡出土のアウストラロピテクス・ロブストゥスの歯のエナメル質を分析している。この研究では、主成分であるハイドロキシアパタイトに含まれる炭酸基(CO32-)の炭素について13C/12C比が測定され、食性の推定に応用されている(Lee-Thorp et al., 1994)。この場合も動物骨との比較から続成作用の影響を評価して、その結果からアウストラロピテクス・ロブストゥスの肉食率が計算されている。その結果、Sr/Ca比で示されたのと同じように、やはり肉食率がかなり高かった可能性が示唆されている。

 上記2つの研究は、いずれも骨や歯の無機主成分であるハイドロキシアパタイトを分析の対象としている。骨の無機質は、生体においてはカルシウムの貯蔵庫という役割があるため、一般的に結晶が未成熟で不完全である。そのため、土壌に埋没している間に周囲から元素を取り込みながら結晶を成長させる危険がある。この性質のため、骨の無機質は一般的に続成作用の影響が大きく、動物骨などから生態系全体に関する傾向を確認した上で慎重に検討する必要があり、その記録は必ずしも食性の復元に使えるとは限らない。一方、骨組織を構成する有機分画の主成分であるコラーゲンは、化学的に安定な構造を持っており、土壌中でも比較的変質しにくいという特徴があるため、過去の食性に関する研究には有効である。しかしながら、1万年よりも古い資料で状態の良いコラーゲンが残存していることは非常に希であり、初期人類を対象にした分析は困難だと考えられる。興味深い研究例としては、中期旧石器時代のネアンデルタール人の骨から抽出したコラーゲンで炭素と窒素の同位体比を調べたところ、非常に高い肉食率を示したという結果が報告されている(図2:Bocherence et al., 1991)


4.同位体比から見たパプアニューギニア高地人の低タンパク適応

 本研究では、パプアニューギニア中部タリ盆地に居住するフリ語を話す人々を対象としてパプアニューギニア高地人の栄養生態を研究した。パプアニューギニア高地人は、タンパク質摂取量が非常に少ないにも関わらず貧血症状などの低栄養状態が認められず、筋骨たくましい体型を保持していることで広く研究者の注目を集めてきた(奥田, 1984)。その適応モデルは発育の低下と同時にタンパク質から代謝された尿素の排出の抑制によるという説が提唱されている。一方、窒素収支を測定し、それが大きく負となることを報告したグループは食物以外からの窒素固定、すなわち腸内細菌が大気中の窒素を固定する作用を認めたと報告している。現在では前者の説を支持する研究者が多いようであるが、人類集団では長期の栄養実験は困難であり、具体的な生理的適応を証明することは容易ではなく、そのメカニズムが明らかであるとは言い難い。

 一方、窒素代謝と同位体比の関係をみると、生態系における食物連鎖では捕食者と被捕食者の間で一定の割合で15Nが濃縮することが知られている。これは体内における窒素代謝において、尿素として排出される窒素に軽い14Nが多く含まれるのが原因と考えられている。また、野生動物の観察では、前述したように低栄養状態の草食動物で15N/14N比が高くっているのが認められ、尿素の再利用効率が上昇したことが原因であると説明されている。これと同様の現象が、イモ類を中心とした低タンパク食を日常的に摂取しているパプアニューギニア高地人でも認められるならば、彼らの窒素代謝の特徴は体組織の同位体比として記録されている可能性がある。すなわち、もしもパプアニューギニア高地人が尿素の再利用効率を高めることで低栄養状態に対応しているのであれば、彼らの体組織の窒素同位体比も高くなることが期待される。一方、腸内細菌が大気窒素を直接的に固定しているのであれば比較的低い窒素同位体比が体組織においても観察されるはずである。また、そのような適応をした人々が都市部に移住して栄養状態が改善した場合、そのタンパク質摂取量の上昇が炭素あるいは窒素の同位体比としてどのように記録されているかを観察することが可能であり、肉食率の変化を同位体で読み解くことが出来るかどうかを検討することができるはずである。

 本研究では、著者のひとりである梅崎が1994年3月から1995年6月にわたって秤量法による食生態の調査を実施した際に、@低タンパク食を摂取してた日本人、Aサツマイモ中心の低タンパク食を伝統とするフリ(現地住民)から爪試料の提供を受け、それを元素分析計・安定同位体比質量分析計を用いて炭素・窒素安定同位体比を測定した。さらに、B典型的な現代日本人の食生活で形成された日本人の爪、C首都ポートモレスビーに移住し脂質・タンパク質を多く含む食生活をおくっているフリの人々の爪試料、合計4種類のサンプルを比較する。それによって、高タンパク摂取に適応した集団(日本人)と低タンパク摂取に適応した集団(フリ)において、低タンパク食(タリ盆地)と高タンパク食(日本およびポートモレスビー)という異なる食性が安定同位体というトレーサーにどのように記録されるのかを検討する。さらに、その結果に基づいて、炭素および窒素の安定同位体比という指標が過去を含めた人類集団の肉食の指標として応用することが可能であるかを議論することを最終的な目的としている。

 図3に爪試料における炭素・窒素同位体比の分析結果を示す。図中の楕円で示されたように、低タンパク食を取っている時の日本人(グループ@:細破線)、日本で生活している時の日本人(グループA:細実線)、ニューギニア高地で低タンパクの食生活を送っているフリ(グループB:太破線)、そして都市部でタンパク質や脂質を十分に摂取しているフリ(グループC:太実線)、これらの4グループは炭素・窒素安定同位体比において互いに異なる傾向を示した。とくに注目すべき点は、ほぼ同じ様な低タンパク食を摂取していたグループ@の日本人とグループBのフリの結果が重ならない点である。これは同じ原料を用いているにもかかわらず、両者の間で代謝が異なるため最終産物であるタンパク質の同位体比が異なることを示唆する可能性がある。しなしながら、その相違は期待された窒素同位体比の値よりもむしろ炭素同位体における相違として明確である。今回の試料は窒素同位体比の値が必ずしも安定でない傾向が認められるため、さらに詳しい検討を加える必要があるが、同位体分析の結果からもパプアニューギニア高地人における代謝レベルでの低タンパク食への適応の証拠が示されたと考えられる。また、低タンパク適応しているが都市部においてタンパク質や脂質の豊富な食生活を送っているグループCのフリは、明らかに低タンパク食のグループBとは異なる窒素同位体比を示している。この結果からは、タンパク質摂取量の相違が体組織の窒素同位体比として記録されると考えることも可能であるが、日本人の結果をみると日本における高タンパク質の食生活からパプアニューギニア高地のサツマイモ中心の食生活に移行した影響は窒素同位体比では明らかでなく、むしろ炭素同位体比で明らかである。この相違はポートモレスビーにおけるタンパク質資源と比較して日本におけるタンパク質が海産物に由来する割合が多いことを意味するのかもしれない。これについてはさらに詳細な食事調査の結果と比較検討せねばならない。
5.結語

 今回、それぞれ高タンパク食と低タンパク食を摂取した日本人とパプアニューギニア高地人(フリ)の爪における炭素・窒素安定同位体比を比較した。その結果、同様にタンパク質が少ない食生活をおくっていたにもかかわらず日本人とフリの間では同位体比の傾向が異なることが明らかになった。これは人類集団の間で同位体比情報に影響を与える代謝の相違が存在する可能性を示唆しており、大幅に適応環境が異なる人類集団で同位体比を比較して、その食生活やそれから推定される生業活動を比較する場合には十分な注意を要することを意味している。今後、生理学的な背景を含めてより総合的な調査を進めることによって、パプアニューギニア高地人とわれわれ日本人の間で認められた同位体比の相違が何を意味するのかをより適切に理解することが可能だと考えられる。その結果を踏まえて代謝の状態を考慮することで同位体を用いた食生態研究や、古食性復元への応用がより適切に行われるようになると期待される。そのためには分析対象をコラーゲンやケラチンといったタンパク質レベルから、さらに細かい個々のアミノ酸レベルにステップアップすることが必要である。それによって必須アミノ酸と非必須アミノ酸の比較などが可能となり、より詳細な食生態を復元することが可能となる。そのような検討を進めることで、生物地球化学的な手法はより正確で詳細に先史時代の食生活に関する復元図を提供し、考古学の成果とともに先史時代人の生活についての理解を深めるためのより強力な道具となる。
引用文献

Bocherens, H., A. Mariotti, B. Lange-Badre, B. Vandermeersch, J. P. Borel and G. Bellon (1991) Isotopic biogeochemistry (13C, 15N) of fossil vertebrate collagen: application to the study of a past food web including Neandertal man. Journal of Human Evolution 20, 481-492.

Lee-Thorp, J. A., N. J. van der Merwe, and C. K. Brain (1994) Diet of Australopithecus robstus at Swartkrans from stable carbon isotopic analysis. Journal of Human Evolution 27, 361-372.

奥田豊子(1984)パプアニューギニア高地人の栄養生態.「栄養生態学−世界の食と栄養」(小石秀夫・鈴木継美編), pp. 117-142. 恒和出版:東京.

Sillen, A. (1992) Strontium-calcium ratios (Sr/Ca) of Australopithecus robstus and associated fauna from Swartkrans. Journal of Human Evolution 23, 495-516.




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